谷中七福神

谷中七福神

谷中七福神は、上野から谷中、日暮里を経て田端へと続く七つの寺をめぐる七福神めぐりで、江戸で最も古いものといわれます。不忍池弁天堂の弁財天、護国院の大黒天、長安寺の寿老人、天王寺の毘沙門天、修性院の布袋尊、青雲寺の恵比寿、東覚寺の福禄寿で構成され、台東区・荒川区・北区の三つの区にまたがります。寛永寺の創建とともに広まった弁財天と大黒天への信仰が始まりとされます。七福神の開帳と御朱印の授与は例年1月1日から10日ごろまでですが、年によって変わることがあります。

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不忍池弁天堂(弁財天)
⛩️ 寺社🎭 文化
📍 東京都 台東区

不忍池弁天堂(弁財天)

(しのばずのいけべんてんどう)

不忍池弁天堂は、東京都台東区にある上野恩賜公園の不忍池に浮かぶ中之島に建つお堂で、谷中七福神の弁財天を祀ります。天海が不忍池を琵琶湖に、中之島を竹生島に見立て、竹生島の宝厳寺から弁財天を勧請したのが始まりと伝わります。本尊は八本の腕をもつ八臂弁財天で、寛永寺に属するお堂として、上野から歩く七福神めぐりの最初の札所になっています。

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護国院(大黒天)
⛩️ 寺社🎭 文化
📍 東京都 台東区

護国院(大黒天)

(ごこくいん)

護国院は、東京都台東区にある上野恩賜公園の北の一角に建つ天台宗の寺院で、谷中七福神の大黒天を祀ります。寛永寺が開かれたのと同じころ、天海の命で生順が開いた寛永寺最初の子院とされます。三代将軍徳川家光が奉納したと伝わる大黒天の画像を伝え、江戸時代には正月三日の大黒詣でにぎわいました。享保7年に再建された本堂は、釈迦堂とも呼ばれます。

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長安寺(寿老人)
⛩️ 寺社🎭 文化
📍 東京都 台東区

長安寺(寿老人)

(ちょうあんじ)

長安寺は、東京都台東区にある谷中の寺町の一角に建つ臨済宗妙心寺派の寺院で、谷中七福神の寿老人を祀ります。寛文9年の1669年に曹洞宗の僧である老山が開いたと伝わり、のちに臨済宗へ改めました。寿老人像は徳川家康の寄進と伝わる寄木造の坐像です。境内には台東区の文化財に指定された中世の板碑や、日本画家の狩野芳崖の墓があります。

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天王寺(毘沙門天)
⛩️ 寺社🎭 文化
📍 東京都 台東区

天王寺(毘沙門天)

(てんのうじ)

天王寺は、東京都台東区にある谷中霊園の北の端、日暮里駅のすぐそばに建つ天台宗の寺院で、谷中七福神の毘沙門天を祀ります。もとは日蓮宗の感応寺で、江戸時代に天台宗へ改められました。富くじの興行で江戸の三富に数えられたほか、境内には元禄3年の1690年に造られた銅造の釈迦如来坐像が、屋根のない露座で鎮座しています。

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修性院(布袋尊)
⛩️ 寺社🎭 文化
📍 東京都 荒川区

修性院(布袋尊)

(しゅしょういん)

修性院は、東京都荒川区にある西日暮里の高台の寺町に建つ日蓮宗の寺院で、谷中七福神の布袋尊を祀ります。江戸時代には隣の妙隆寺や青雲寺とともに花見寺と呼ばれ、庭園の花を目当てに多くの人が訪れました。歌川広重の名所江戸百景にも日暮里の寺々の庭が描かれています。通りに面した塀には布袋の絵が描かれ、道ゆく人の目を楽しませています。

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青雲寺(恵比寿)
⛩️ 寺社🎭 文化
📍 東京都 荒川区

青雲寺(恵比寿)

(せいうんじ)

青雲寺は、東京都荒川区にある西日暮里の臨済宗妙心寺派の寺院で、谷中七福神の恵比寿を祀ります。江戸時代中期の宝暦年間に、佐倉藩主で老中首座を務めた堀田正亮が中興し、その法号にちなんで浄居山青雲寺と称したと伝わります。境内には滝沢馬琴ゆかりの筆塚や硯塚の碑が立ち、修性院や妙隆寺とともに花見寺の一つとして江戸の人々に親しまれました。

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東覚寺(福禄寿)
⛩️ 寺社🎭 文化
📍 東京都 北区

東覚寺(福禄寿)

(とうかくじ)

東覚寺は、東京都北区にある田端の真言宗豊山派の寺院で、谷中七福神の福禄寿を祀ります。延徳3年の1491年に神田で開かれ、根岸を経て江戸時代の初めに田端へ移ったと伝わります。山門のそばに立つ一対の石造の金剛力士像は赤紙仁王と呼ばれ、体の悪いところと同じ場所に赤い紙を貼って病気の平癒を願う信仰で知られます。

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❓ 谷中七福神のよくある質問

Q.谷中七福神はどのようにして始まったのですか?

A.寛永寺の創建とともに広まった弁財天と大黒天への信仰が始まりとされ、谷中七福神は江戸で最も古い七福神めぐりといわれます。とくに護国院(大黒天)に三代将軍徳川家光が奉納したと伝わる大黒天の画像が多くの参詣者を集めたことが、めぐりが生まれるきっかけの一つになったと考えられています。

Q.谷中七福神めぐりができる時期はいつですか?

A.谷中七福神の開帳と御朱印の授与は、例年1月1日から10日ごろまでです。ただし年によって変わることがあります。長安寺(寿老人)の寿老人像のように、ふだんは堂内に祀られていて、七福神めぐりの時期に開帳される像もあります。

Q.谷中七福神の七つの寺はどれくらい離れていますか?

A.七か所とも東京都にあり、上野から谷中、日暮里を経て田端へと続き、台東区・荒川区・北区の三つの区にまたがります。最初の札所の不忍池弁天堂(弁財天)から最後の札所の東覚寺(福禄寿)までは直線距離で約3kmで、その間に残りの五つの寺が並び、歩いてめぐることができます。

Q.谷中七福神の神々はそれぞれどこに由来するのですか?

A.青雲寺(恵比寿)に祀られる恵比寿だけが日本生まれの神で、大黒天・毘沙門天・弁財天はインドに、福禄寿・寿老人・布袋尊は中国に由来するとされます。修性院(布袋尊)が担う布袋尊は、唐の末から五代のころに生きた禅僧の契此がもとになったと伝わり、七福神のなかで唯一、実在した人物がもとになった神とされます。

Q.谷中七福神の福禄寿と寿老人はどう違いますか?

A.どちらも長寿にかかわる神ですが、名と姿が異なります。福禄寿は幸福・俸禄・長寿の三つの徳を名に備え、長い頭と白いひげ、杖を持つ姿で描かれます。寿老人は長寿をつかさどる神で、杖と巻物を手にした老人の姿で描かれます。二柱を同じ神とみなす説もあり、谷中七福神では東覚寺(福禄寿)と長安寺(寿老人)が担います。

📍 所在地マップ

茨城県山梨県神奈川県静岡県千葉県栃木県7654321不忍池弁天堂(弁財天)護国院(大黒天)長安寺(寿老人)修性院(布袋尊)50 km地図データ: Natural Earth
  1. 1不忍池弁天堂(弁財天)Google マップ
  2. 2護国院(大黒天)Google マップ
  3. 3長安寺(寿老人)Google マップ
  4. 4天王寺(毘沙門天)Google マップ
  5. 5修性院(布袋尊)Google マップ
  6. 6青雲寺(恵比寿)Google マップ
  7. 7東覚寺(福禄寿)Google マップ