天王寺(毘沙門天)

(てんのうじ)
📍 関東東京都 台東区⛩️ 寺社🎭 文化

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【概要】

天王寺は、東京都台東区にある谷中霊園の北の端、日暮里駅のすぐそばに建つ天台宗の寺院で、谷中七福神の毘沙門天を祀ります。もとは日蓮宗の感応寺で、江戸時代に天台宗へ改められました。富くじの興行で江戸の三富に数えられたほか、境内には元禄3年の1690年に造られた銅造の釈迦如来坐像が、屋根のない露座で鎮座しています。

【歴史】

天王寺(毘沙門天)は鎌倉時代の後期の創建と伝わり、もとは日蓮宗の感応寺という寺でした。江戸時代、幕府による不受不施派の弾圧のなかで天台宗へ改められ、輪王寺宮の公弁法親王を願主に、五代将軍徳川綱吉を大檀那として新たな歩みを始めます。いまの天王寺の名に改めたのは天保4年の1833年のことで、寛永寺に近い天台宗の大寺として谷中の寺町の中心を占めてきました。

【特徴】

天王寺の毘沙門天は、伝教大師最澄の作と伝わる立像です。毘沙門天は四天王の一尊で北方を守る武神とされ、七福神のなかでは鎧をまとった勇ましい姿で、財宝と勝運をもたらす神として信じられてきました。感応寺の時代には、境内で幕府公認の富くじが興行され、湯島天神、目黒不動とともに江戸の三富と呼ばれるほどのにぎわいを見せたといわれます。

【見どころ】

境内でまず目を引くのは、元禄3年にあたる1690年に造られた銅造の釈迦如来坐像です。神田の鋳物師である太田久右衛門の手になるもので、像の高さは約2.96メートルあり、屋根のない露座で境内に鎮座しています。元禄の大仏とも呼ばれ、緑青をまとった穏やかな姿は、日暮里駅の南口から歩いてすぐの場所で、谷中散策の最初の目印にもなっています。

【トリビア】

天王寺の五重塔は寛政3年の1791年に再建されたもので、幸田露伴の小説である五重塔のモデルとして知られました。しかし1957年に放火による火災で焼失し、いまは谷中霊園のなかに礎石が残る跡地となっています。かつての天王寺の境内は広大で、明治に入って寺地の一部が谷中霊園となりました。霊園の中央を通る桜並木を歩けば、往時の寺域の広さを想像できます。

📅 最終更新: 2026/10/20
天王寺(毘沙門天)
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です