🏯 歴史⛰️ 名所📍 神奈川県 鎌倉市名越切通(なごえきりどおし)名越切通は、鎌倉の東南で鎌倉市と逗子市の境の尾根を越え、三浦半島へ向かう道に設けられた切通しです。『吾妻鏡』に名越坂として登場し、幕府を支えた三浦一族の本拠へ通じる要の道でした。1966年に国の史跡に指定され、その後も区域が追加されています。人ひとりがやっと通れるほどの狭い切り通しや、岩をくりぬいた墓所が並ぶまんだら堂やぐら群など、中世の姿を色濃く残しています。名越切通の詳細を見る »
🏯 歴史⛰️ 名所📍 神奈川県 鎌倉市朝夷奈切通(あさいなきりどおし)朝夷奈切通は、鎌倉市十二所と横浜市金沢区朝比奈町の境の峠を越え、鎌倉と港町の六浦を結んだ道の切通しで、朝比奈切通しとも書かれます。『吾妻鏡』によると執権の北条泰時が工事を命じ、1241年に着工したとされます。1969年に国の史跡に指定されました。見上げるような岩壁の間を細い流れが伝う道は、鎌倉七口でもとりわけ中世の面影が濃いといわれます。朝夷奈切通の詳細を見る »
🏯 歴史⛰️ 名所📍 神奈川県 鎌倉市巨福呂坂(こぶくろざか)巨福呂坂は、鶴岡八幡宮の裏手にあたる雪ノ下から、建長寺の門前の山ノ内へ抜けた鎌倉七口の一つです。小袋坂とも書かれ、鎌倉と武蔵方面を結ぶ北の出入口でした。1969年に国の史跡に指定されましたが、古い道は途中から私有地や崖となり、七口のなかでただ一つ通り抜けができません。現在は明治時代に開かれた新しい坂道を、車や人が行き交っています。巨福呂坂の詳細を見る »
🏯 歴史⛰️ 名所📍 神奈川県 鎌倉市亀ヶ谷坂(かめがやつざか)亀ヶ谷坂は、北鎌倉の山ノ内と、鎌倉駅の北西に広がる扇ガ谷を結ぶ鎌倉七口の一つです。建長寺の近くから尾根を越えて寿福寺や英勝寺の方面へ下る道で、国の史跡に指定されています。急な坂を登れずに亀が引き返したという伝説から亀返坂とも呼ばれ、今も歩いて越えられる古道として、北鎌倉と鎌倉の寺めぐりを結ぶ近道に使われています。亀ヶ谷坂の詳細を見る »
🏯 歴史⛰️ 名所📍 神奈川県 鎌倉市化粧坂(けわいざか)化粧坂は、扇ガ谷から源氏山の方面へ登る鎌倉七口の一つで、武蔵国へ向かう道の出入口でした。1969年に仮粧坂の名で国の史跡に指定され、『吾妻鏡』には気和飛坂の字でも登場します。1333年の新田義貞の鎌倉攻めでは激しい攻防の舞台となりました。ごつごつした岩が段のように連なる急坂を登りきると、源氏山公園のある尾根の上に出ます。化粧坂の詳細を見る »
🏯 歴史⛰️ 名所📍 神奈川県 鎌倉市大仏切通(だいぶつきりどおし)大仏切通は、鎌倉大仏のある長谷の北西から、常盤や梶原を経て藤沢方面へ抜ける道に開かれた切通しです。鎌倉の西の出入口にあたり、1977年に国の史跡に指定されました。大仏の造立と同じころに整えられたとする見方もあります。深く掘り込まれた岩壁や、斜面に口を開けるやぐら、平らに削られた平場など、中世の防御と信仰の跡がよく残る道です。大仏切通の詳細を見る »
🏯 歴史⛰️ 名所📍 神奈川県 鎌倉市極楽寺坂切通(ごくらくじざかきりどおし)極楽寺坂切通は、長谷の坂ノ下と極楽寺の間の丘を越え、腰越や藤沢、さらに京へと向かう道に設けられた鎌倉七口の一つです。極楽寺を開いた忍性が切り開いたと伝えられます。のちに道が大きく掘り下げられて今は車も通る坂道となり、往時の姿はあまり残らず、七口のなかでただ一つ国の史跡に指定されていません。坂の上の成就院は紫陽花の名所です。極楽寺坂切通の詳細を見る »