江島神社は一つの社殿の名ではなく、江の島の入口近くに建つ辺津宮、島の中腹の中津宮、島の奥の奥津宮という三つの宮を合わせた呼び名です。三宮には田寸津比賣命・市寸島比賣命・多紀理比賣命の三姉妹の女神がそれぞれ祀られ、仏教の弁財天と結びついて江島弁財天として信仰されてきました。社伝では島の南端の岩屋で神を祀ったのが始まりとされ、江島神社は日本三大弁天の一つに数えられます。
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A.三宮には宗像三女神の三姉妹がそれぞれ祀られています。江島神社辺津宮は水や航海の神とされる田寸津比賣命、江島神社中津宮は絶世の美女と伝わる市寸島比賣命、江島神社奥津宮は長女とされる多紀理比賣命を祀ります。三女神は仏教の弁財天と結びつき、江島弁財天として信仰されてきました。
A.創建の伝えは宮ごとに異なります。江島神社中津宮は仁寿3年(853年)に慈覚大師円仁が、江島神社辺津宮は建永元年(1206年)に源実朝が創建したと伝わります。江島神社奥津宮は、岩屋に祀られた本宮の御旅所だった地に、明治初年の神仏分離ののち本宮の祭神を移して奥津宮と称するようになりました。社伝では、島の南端の岩屋で神を祀ったのが江島神社の始まりとされます。
A.江島神社辺津宮は下之宮、江島神社中津宮は上之宮と呼ばれ、それぞれ別当寺の下ノ坊と上ノ坊が管理していました。江島神社奥津宮の地は岩屋に祀られた本宮の御旅所で、本宮は岩本坊が管理していました。
A.三宮はいずれも神奈川県藤沢市の江の島にあり、歩いてめぐれるほど近くに並んでいます。島の入口近くの江島神社辺津宮から石段を上ると中腹に江島神社中津宮があり、さらに島の奥へ進むと江島神社奥津宮が鎮座しています。奥津宮から石段を下った先には、江島神社の始まりの地とされる岩屋があります。
A.江島神社辺津宮には、妙音弁財天と八臂弁財天を安置する八角形の奉安殿があります。江島神社中津宮では、四季の花や鳥を描いた154枚の絵がはめ込まれた拝殿の格天井や、歌舞伎の芝居小屋が奉納した石灯籠が見られます。江島神社奥津宮の拝殿の天井には、酒井抱一が描いた八方睨みの亀があり、現在見られるのは1994年に復元されたものです。