【概要】
朝夷奈切通は、鎌倉市十二所と横浜市金沢区朝比奈町の境の峠を越え、鎌倉と港町の六浦を結んだ道の切通しで、朝比奈切通しとも書かれます。『吾妻鏡』によると執権の北条泰時が工事を命じ、1241年に着工したとされます。1969年に国の史跡に指定されました。見上げるような岩壁の間を細い流れが伝う道は、鎌倉七口でもとりわけ中世の面影が濃いといわれます。
【歴史】
『吾妻鏡』には、1240年に六浦へ通じる道を開くことが評議され、翌1241年4月に工事が始まったと記されています。執権の北条泰時自らが現場に臨んで工事を見守ったと伝えられます。六浦は房総半島や各地からの船が着く鎌倉の外港としてにぎわった港で、塩をはじめとする物資が朝夷奈切通を越えて鎌倉の町へ運び込まれました。
【特徴】
峠の頂近くには大切通と呼ばれる深い切り通しがあり、両側には見上げるほど高い岩壁がそそり立ちます。路面には岩を刻んだ溝や段が残り、足元を小さな流れが伝う区間もあります。朝夷奈という名は、和田義盛の三男で怪力で知られた朝比奈三郎義秀が、ひと晩で切り開いたという伝説に由来するとされ、今も道の名前として語り継がれています。
【見どころ】
鎌倉側の入口近くには三郎の滝がかかり、朝比奈三郎の名を今に伝えています。峠を越えた横浜市側には、鎌倉の鬼門を守るため勧請されたと伝わる熊野神社への分岐があります。2019年の台風で横浜市側の区間が通行止めとなりましたが、2021年末に全面通行が再開されました。大雨のあとは状況が変わることがあるので、出かける前に確かめると安心です。
【トリビア】
朝夷奈切通の鎌倉側には、梶原景時が上総広常を討ったあとに太刀を洗ったと伝わる太刀洗水があり、鎌倉五名水の一つに数えられています。朝夷奈切通は、文化庁が選んだ歴史の道百選の「鎌倉街道―七口切通」に含まれるほか、鎌倉市の日本遺産「いざ、鎌倉」を構成する文化財の一つにもなっており、古道歩きの人気の行き先です。
