日本三大暴れ川(にほんさんだいあばれがわ)は、かつて氾濫を繰り返し流域に大きな被害をもたらしてきた三つの河川を指します。それぞれ「坂東太郎(利根川)」「筑紫次郎(筑後川)」「四国三郎(吉野川)」の異名を持ち、治水の歴史とともに語られてきました。
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A.三つの川の異名で、利根川が「坂東太郎」、筑後川が「筑紫次郎」、吉野川が「四国三郎」です。利根川は関東すなわち坂東で一番の川という意味から坂東太郎と呼ばれ、吉野川は坂東太郎の利根川、筑紫次郎の筑後川と並んで四国三郎と呼ばれてきました。
A.利根川です。利根川は幹川流路延長322キロメートル、流域面積はおよそ1万6840平方キロメートルで日本最大です。吉野川は194キロメートル・約3750平方キロメートル、筑後川は143キロメートル・約2860平方キロメートルです。
A.大雨の水が一気に集まり、短い時間で増水しやすいためです。利根川は上流の急峻な山地と下流の広大な低地の組み合わせ、筑後川は梅雨時の集中豪雨による増水、吉野川は台風の通り道にあたり、多雨地帯の四国山地を集水域に持つことが要因とされています。
A.江戸が水害から守られ、新田開発と舟運の道も開かれました。もともと江戸湾に注いでいた利根川は、徳川家康の命を受けた伊奈忠次らが文禄3年(1594年)から流路を東へ付け替え、承応3年(1654年)に銚子から太平洋へ注ぐ形が整いました。
A.はい、恐ろしさと同時に豊かさももたらしてきました。筑後川が運んだ土砂と栄養分は有明海に広大な干潟を育て、日本有数の海苔の産地を支えています。吉野川の洪水が運ぶ肥えた土は藍の栽培に適し、阿波藍は徳島藩に莫大な富をもたらしました。