福島県柳津町の福満虚空蔵菩薩圓藏寺、茨城県東海村の村松山虚空蔵堂、三重県伊勢市の朝熊岳金剛證寺に祀られる三つの虚空蔵菩薩を総称して日本三体虚空蔵尊と呼びます。弘法大師が唐から持ち帰った霊木を三つに分けて海に投じ、それぞれ流れ着いた地に虚空蔵菩薩を刻んだという伝説を共有し、知恵と福徳を授ける仏として古くから篤い信仰を集めてきました。千葉県の能満虚空蔵を数える説もあります。
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A.弘法大師が唐から持ち帰った霊木を三つに分けて海に投じ、それぞれ流れ着いた地に虚空蔵菩薩を刻んだという伝説です。福満虚空藏菩薩圓藏寺には一片が越後の海から只見川をさかのぼって柳津に流れ着いたと伝わり、村松山虚空蔵堂には真ん中の一片が村松の浜に流れ着いたと伝わります。
A.虚空蔵菩薩は知恵と福徳を授ける仏として信仰されてきました。福満虚空藏菩薩圓藏寺と村松山虚空蔵堂では知恵を授かる十三詣りに多くの参拝者が訪れ、どちらの本尊も丑年と寅年の守り本尊として知られています。
A.朝熊岳金剛證寺は伊勢神宮の鬼門を守る寺として神宮との結びつきを深め、神宮の奥之院とされています。「伊勢へ参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り」と伊勢音頭に歌われ、神宮参拝と合わせて詣でることで願いが満ちるとされてきました。
A.福満虚空藏菩薩圓藏寺が赤べこの発祥とされます。1611年の大地震で倒壊した虚空蔵堂を再建する際、大きな材木を運ぶのに苦労していると赤い牛の群れが現れて手伝い、工事が無事に終わったという伝説に由来します。
A.三つの寺は福島県・茨城県・三重県に分かれています。直線距離で福満虚空藏菩薩圓藏寺と村松山虚空蔵堂は約140km、福満虚空藏菩薩圓藏寺と朝熊岳金剛證寺は約430km、村松山虚空蔵堂と朝熊岳金剛證寺は約410km離れています。