いずれも寺社仏閣を囲む歴史的な築地塀(ついじべい)で、その堅牢な造りや長さ、歴史的由緒から三大土塀と呼ばれます。「熱田神宮の信長塀(愛知県)」、「三十三間堂の太閤塀(京都府)」、「西宮神社の大練塀(兵庫県)」の3つを指します。戦国時代から江戸時代にかけて築かれ、重要文化財などに指定されています。
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A.大練塀(西宮神社)が最も古いと考えられています。昭和20年代の大修理で塀の中から宋銭などの古銭が見つかったことから室町時代の建造と推定され、現存する築地塀としては日本最古級かつ最大規模とされます。信長塀(熱田神宮)は永禄3年(1560年)の奉納と伝わります。
A.桶狭間の戦いの勝利の御礼として奉納されたと伝わります。織田信長は出陣の際に熱田神宮へ願文を奏して必勝を祈願し、今川義元を討ち取りました。往時は約400メートルにも及んだとされ、現在は本宮の周辺に約120メートルほどが残っています。
A.軒平瓦に豊臣家の紋である「太閤桐」の文様があしらわれていることが名の由来です。豊臣秀吉が方広寺大仏殿を造営した際に築かれた塀で、慶長伏見地震で倒壊したのち、子の秀頼が再建したものと伝わります。南大門とともに国の重要文化財に指定されています。
A.三つは工法が異なります。信長塀(熱田神宮)は土と石灰を油で練り固めたものに瓦を厚く積み重ねる練塀の工法です。太閤塀(三十三間堂)は木骨土造の築地塀で、大練塀(西宮神社)は内部に骨組みを持たず、石灰やにがりを練り合わせた土を突き固める版築で自立しています。
A.三つの塀は愛知県、京都府、兵庫県にあります。直線距離で太閤塀(三十三間堂)と大練塀(西宮神社)は約50km、信長塀(熱田神宮)と太閤塀(三十三間堂)は約100km、信長塀(熱田神宮)と大練塀(西宮神社)は約150km離れています。