日本三名鐘

日本三名鐘

日本三名鐘(にほんさんめいしょう)とは、日本を代表する3つの梵鐘のことです。「声の三井寺」「姿の平等院」「銘の神護寺」と言われ、それぞれ音色、装飾、刻まれた銘文の素晴らしさで知られています。

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三井寺の鐘
⛩️ 寺社🎭 文化
📍 滋賀県 大津市

三井寺の鐘

(みいでらのかね)

「声の三井寺」として知られ、天下三名鐘の一つに数えられます。その荘厳な音色は「三井の晩鐘」として近江八景にも選ばれています。現在の鐘は1602年の鋳造で、先代の鐘には俵藤太(藤原秀郷)が琵琶湖の竜宮から持ち帰って寄進したという伝説や、弁慶が比叡山へ引き摺り上げたという話が残ります。

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平等院の鐘
⛩️ 寺社🎭 文化
📍 京都府 宇治市

平等院の鐘

(びょうどういんのかね)

「姿の平等院」と称されます。鐘の表面には獅子や天人、唐草文様などの繊細で美しい浮き彫りが施されており、平安時代の工芸技術の粋を集めた国宝です。(現在は実物は鳳翔館に収蔵され、鐘楼には複製が吊るされています)

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神護寺の鐘
⛩️ 寺社🎭 文化
📍 京都府 京都市

神護寺の鐘

(じんごじのかね)

「銘の神護寺」または「三絶の鐘」と呼ばれます。平安時代の文人・橘広相が序文を作り、菅原是善が銘を書き、藤原敏行が書をしたためたという、当時の最高峰の知識人による銘文が刻まれています。

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❓ 日本三名鐘のよくある質問

Q.日本三名鐘の「声の三井寺、姿の平等院、銘の神護寺」とはどういう意味ですか?

A.三つの鐘がそれぞれ何によって名高いかを表した言葉です。三井寺の鐘は音色、平等院の鐘は表面を覆う浮き彫りの装飾の美しさ、神護寺の鐘は当代一流の文人による銘文で知られます。平等院の鐘には銘文がまったく刻まれておらず、銘で知られる神護寺の鐘とは好対照をなしています。

Q.日本三名鐘のうち、いちばん古いのはどれですか?

A.神護寺の鐘です。貞観17年(875年)に鋳造された国宝です。平等院の鐘は平安時代の11世紀なかごろの鋳造と考えられています。三井寺の鐘は、現在つり下げられているものが1602年に鋳造されたもので、伝説の残る初代の鐘は霊鐘堂に安置されています。

Q.神護寺の鐘が「三絶の鐘」と呼ばれるのはなぜですか?

A.当代一流の三人による合作だからです。平安時代初期を代表する文人の橘広相が序文を、菅原是善が銘文を撰し、藤原敏行が書を揮毫しました。敏行は当代屈指の能書家としても知られ、鐘に刻まれた銘文は書道史上の貴重な資料とされています。

Q.日本三名鐘は実際に見たり撞いたりできますか?

A.三つで扱いが異なります。三井寺の鐘は冥加料を納めれば誰でも撞くことができます。平等院の鐘は実物がミュージアム鳳翔館に収められ、ガラス越しに間近で見られ、鐘楼には複製が吊るされています。神護寺の鐘は撞かれることも一般に公開されることもなく、外から鐘楼を仰ぐことになります。

Q.日本三名鐘を一度にめぐることはできますか?

A.三つの鐘は滋賀県と京都府にあり、比較的近い距離にまとまっています。直線距離では三井寺の鐘と平等院の鐘が約14km、三井寺の鐘と神護寺の鐘が約17km、平等院の鐘と神護寺の鐘が約20km離れています。

📍 所在地マップ

愛知県岐阜県三重県滋賀県大阪府奈良県福井県兵庫県和歌山県312三井寺の鐘平等院の鐘神護寺の鐘50 km地図データ: Natural Earth
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