日本の古典文学における随筆の最高傑作とされる三つの作品です。平安時代の情緒と美意識を描いた『枕草子』、鎌倉時代の無常観を綴った『方丈記』、鎌倉末期の鋭い洞察と人生訓に満ちた『徒然草』がそれにあたります。これらは時代を超えて読み継がれ、日本人の思想や感性に深く影響を与えています。
A.平安時代中期の枕草子(清少納言)がもっとも早く、長保三年(一〇〇一年)ごろにはおおむね現在に近い形が整っていたとされます。方丈記(鴨長明)は建暦二年(一二一二年)三月末に書き上げられ、徒然草(吉田兼好)は元徳二年(一三三〇年)前後に書かれたとみられています。
A.枕草子(清少納言)は「春はあけぼの」、方丈記(鴨長明)は「ゆく河の流れは絶えずして」、徒然草(吉田兼好)は「つれづれなるままに」の一節で知られています。方丈記の冒頭は日本文学でも屈指の名文として、今も多くの人に暗唱されています。
A.枕草子(清少納言)は知的な面白みを愛でる「をかし」の美意識で宮廷の日々を描きます。方丈記(鴨長明)は五つの大きな災厄の記録と庵での暮らしを通して無常を語ります。徒然草(吉田兼好)は無常観を土台にしながら、世を捨てきらない現実的な処世の知恵を語る点が特徴です。
A.一丈四方、およそ三メートル四方の広さを指し、鴨長明が晩年を過ごした庵の広さに由来します。住まいをいくども小さくしてきた末にたどり着いた広さだといわれ、庵は組み立て式で牛車二台あれば運べたと記されています。下鴨神社の境内には庵を復元した建物が置かれています。
A.三作品とも京都府にゆかりがあります。枕草子(清少納言)は京都市の内裏と後宮の御殿、方丈記(鴨長明)は伏見区の日野の山中、徒然草(吉田兼好)は作者が庵を結んだと伝わる右京区の双ヶ岡のふもとです。直線距離では方丈記と徒然草のゆかりの地が約13km離れています。