徒然草(吉田兼好)

(つれづれぐさ)
📍 京都府 京都市右京区🎭 文化🏯 歴史

【概要】

鎌倉時代末期、兼好法師(吉田兼好)によって書かれた随筆。「つれづれなるままに…」の序段が有名。人生論、世相批判、趣味、逸話など多岐にわたる244段からなり、無常観を基底に置きつつも、現世を肯定的に捉える鋭い洞察と洒脱な文章が特徴。

【歴史】

徒然草(吉田兼好)は、鎌倉時代末期の元徳二年(一三三〇年)前後に書かれたとみられる随筆です。作者は卜部氏の出身で、出家ののちは兼好法師と名乗り、和歌四天王の一人に数えられた歌人でもありました。吉田兼好という呼び名は江戸時代に広まったもので、近年の研究では兼好法師と呼ぶことが多くなっています。晩年は京都府京都市右京区にある双ヶ岡のふもとに庵を結んだと伝わります。

【特徴】

序段と二百四十三段、あわせて二百四十四の章段から成り、話題は人生観、有職故実、自然への感興、世間のうわさ話にまで及びます。章段の長さもまちまちで、一行ほどのものから数ページに及ぶものまであります。仏教的な無常観を土台に置きながら、世を捨てきらない現実的な処世の知恵や、人間の滑稽さを見つめるまなざしが同居している点が特徴で、話題の並びに一貫した筋はありません。

【作品背景】

「仁和寺にある法師」(第五十二段)や「高名の木のぼり」など、失敗や油断を戒める説話は、教科書を通じて広く知られています。いずれも身近な出来事を通して人の心のありようを描いた短い話です。第百三十七段の「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」は、満開や満月だけを良しとしない美意識を語った一節として名高く、今も繰り返し引かれ、日本の美意識を語る言葉として定着しました。

【トリビア】

成立した当初はほとんど注目されず、広く読まれるようになったのは江戸時代に入ってからでした。それ以前は連歌師など限られた人々のあいだで写されていたとされます。現存最古の写本は室町時代の歌僧である正徹の手になるもので、江戸初期の古活字版や、松永貞徳らによる注釈書が普及を後押ししました。以後は教養の書として版を重ね、高等学校の古典教材としても親しまれています。

📅 最終更新: 2026/9/6
徒然草(吉田兼好)
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です