【概要】
平安時代中期、一条天皇の中宮定子に仕えた清少納言によって書かれた随筆。「春はあけぼの」で始まる序段はあまりにも有名。宮廷生活の華やかさや自然の美しさ、作者の鋭い感性で切り取った日常が、「をかし(趣がある)」の美学を通して生き生きと描かれている。
【歴史】
日本三大随筆の筆頭に挙げられるのが、枕草子(清少納言)です。作者は歌人清原元輔の娘で、平安時代中期に一条天皇の中宮定子のもとへ女房として出仕しました。定子の周囲には当代一流の文化人が集っていたと伝わります。執筆は宮仕えの期間を中心に進み、長保三年(一〇〇一年)ごろにはおおむね現在に近い形が整っていたとされます。舞台となったのは、京都府京都市にある内裏と、定子が暮らした後宮の御殿でした。
【特徴】
全体は約三百の章段から成りますが、この区切りは後世の注釈者が整理したもので、書かれた当時から定まっていたわけではありません。内容は「うつくしきもの」のように事物を並べる類聚的章段、「春はあけぼの」に代表される随想的章段、宮中の出来事を語る日記的章段に大きく分けられます。全体を貫くのは、知的な面白みを愛でる「をかし」の美意識で、現代のエッセイに通じる軽やかな筆致です。
【作品背景】
執筆の背景には、定子をめぐる厳しい政治状況がありました。父の藤原道隆が世を去ったのち、定子の一族は藤原道長の台頭によって力を失い、定子自身も出家や住まいの焼失といった苦難に見舞われ、若くして世を去ります。それでもこの随筆は暗い出来事をほとんど描かず、才気あふれる後宮の日々を書き留めており、亡き主君への追慕がこめられていると読まれています。宮仕えを退いた後の晩年は、よくわかっていません。
【トリビア】
書名の由来には諸説があります。跋文には、内大臣藤原伊周が中宮定子と一条天皇に上質の紙を献上し、その紙を賜って書き始めたという逸話が記されています。紙は当時たいへん貴重な品で、その扱いをめぐる会話から執筆が始まったという筋書きです。「枕」の語については、身近に置く備忘の書とする説や、歌枕を集めたものとする説が唱えられてきましたが、いずれも決め手を欠いたままです。




