【概要】
鎌倉時代初期、鴨長明によって書かれた仏教的無常観に基づく随筆。「ゆく河の流れは絶えずして…」の書き出しで知られる。度重なる天災や戦乱を経験した作者が、世の儚さを嘆き、各地を転々とした末に日野山の「方丈の庵」で記した隠遁文学の傑作。
【歴史】
方丈記(鴨長明)は、鎌倉時代初期の建暦二年(一二一二年)三月末に書き上げられたと、本文の末尾の記述から知られています。作者の鴨長明は下鴨神社の禰宜の家に生まれ、琵琶と和歌に親しみましたが、社家の要職に就く望みが絶たれ、五十歳ごろに出家しました。大原での隠棲を経て、京都府京都市伏見区にある日野の山中へ移り住み、この一巻を記したと伝わります。鎌倉文化の幕開けを告げる作品とも評されます。
【特徴】
和漢混淆文で綴られた一巻の随筆で、原文は四百字詰め原稿用紙に換算して二十枚ほどという簡潔さですが、構成は明快です。前半では安元の大火、治承の辻風、福原への遷都、養和の飢饉、元暦の大地震という五つの大きな災厄を、実際に見た者として克明に記録し、後半では住まいを次第に縮めていった自らの半生と、庵での日々の暮らしを語ります。災害の記録としても第一級の史料です。
【作品背景】
表題の「方丈」は一丈四方、およそ三メートル四方を指し、晩年を過ごした庵の広さに由来します。住まいをいくども小さくしてきた末にたどり着いた広さでした。庵は組み立て式で、牛車二台あれば運べたと記されています。ゆかりの地の日野には方丈石と呼ばれる岩が残り、下鴨神社の境内には庵を復元した建物が置かれ、簡素な住まいの感覚を今に伝えています。訪ねる人の絶えない静かな山道です。
【トリビア】
冒頭の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」は、日本文学でも屈指の名文として、今も多くの人に暗唱されています。長明は歌人としても後鳥羽院に認められ、和歌所の寄人を務めたほか、歌論書の無名抄や説話集の発心集も残しました。教養人が災害の記録者となり、最小限の住まいを選び取っていった生涯そのものが、この作品を支えており、無常を説くだけの書ではありません。




