日本三大修験道

日本三大修験道

奈良県の大峰山、山形県の出羽三山、福岡県の英彦山は、山に分け入って厳しい修行を積む修験道の三大霊場として日本三大修験道(三大修験道場)と呼ばれます。開祖・役行者が蔵王権現を感得した大峰山、蜂子皇子が開いたと伝わる出羽三山、最盛期に三千を超える坊が並んだ英彦山は、いずれも千年以上にわたり山伏たちの祈りの舞台となってきました。今も白装束の行者が峰を歩き、一般の人も参拝や登拝でその世界に触れられます。

日本三大図鑑>日本三大修験道

#アフィリエイト広告 このページには広告(アフィリエイトリンク)が含まれています

出羽三山
⛩️ 寺社🌿 自然
📍 山形県 鶴岡市

出羽三山

(でわさんざん)

山形県鶴岡市を中心にそびえる羽黒山、月山、湯殿山の三山の総称です。593年に蜂子皇子が開いたと伝わり、羽黒山で現世、月山で死後の世界、湯殿山で生まれ変わりを体験する「生まれかわりの旅」として、東北随一の修験道の霊場となってきました。羽黒山の国宝五重塔と杉並木の石段は、山形を代表する風景です。

出羽三山の詳細を見る »
大峰山
⛩️ 寺社🌿 自然
📍 奈良県 天川村

大峰山

(おおみねさん)

奈良県南部、吉野から熊野へ連なる大峰山脈の総称で、狭義には天川村の山上ヶ岳を指します。7世紀末に修験道の開祖・役行者が蔵王権現を感得した地と伝わり、山頂の大峯山寺は修験道の根本道場です。今も女人禁制を守る山として知られ、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部です。

大峰山の詳細を見る »
英彦山
⛩️ 寺社🌿 自然
📍 福岡県 添田町

英彦山

(ひこさん)

福岡県と大分県の境にそびえる標高1199メートルの霊山で、古くから九州の修験道の中心となってきました。最盛期には三千八百もの坊が山中に並び、「英彦山三千八百坊」と称されました。中腹の英彦山神宮は江戸時代の奉幣殿が重要文化財で、参道の石段や修験道館とともに、千五百年の祈りの歴史を今に伝えています。

英彦山の詳細を見る »

❓ 日本三大修験道のよくある質問

Q.日本三大修験道の三つの霊場はそれぞれ誰が開いたとされますか?

A.大峰山は7世紀末に役行者が山上ヶ岳で蔵王権現を感得し、修験道を開いたと伝えられます。出羽三山は崇峻天皇の皇子・蜂子皇子が593年に羽黒山を開いたことに始まるとされ、英彦山は6世紀に北魏の僧・善正が修行を始めたのが修験道の起源と伝えられます。

Q.日本三大修験道の大峰山は女性も登れますか?

A.大峰山は現在も女人禁制を守る数少ない霊山で、登山口の洞川には女人結界門が立っています。女性や登拝の時期を外した人は、対岸の稲村ヶ岳や龍泉寺の境内、面不動鍾乳洞などで、大峰山の自然と信仰の空気に触れることができます。

Q.大峰山の山上ヶ岳へはいつ登拝できますか?

A.山上ヶ岳への登拝は、例年5月3日の戸開式から9月23日の戸閉式までの間に行われます。この時期には白装束の行者と登山者が急な参道を登り、山頂には修験道の根本道場である大峯山寺の本堂が建っています。

Q.英彦山が「英彦山三千八百坊」と呼ばれたのはなぜですか?

A.最盛期には三千八百もの坊が山中に並んでいたためです。英彦山は平安時代以降、九州の山岳信仰の中心となり、戦国時代には数千の僧兵を擁して大友氏と争うほどの勢力を誇りました。山中には今も数多くの坊跡や石垣が残っています。

Q.日本三大修験道の三つの霊場を一度に回ることはできますか?

A.三つの霊場は奈良県・山形県・福岡県に分かれています。直線距離で大峰山と英彦山は約470km、大峰山と出羽三山は約610km、出羽三山と英彦山は約1000km離れています。

📍 所在地マップ

岩手県岐阜県山形県新潟県長野県福島県213大峰山出羽三山英彦山200 km地図データ: Natural Earth
  1. 1大峰山Google マップ
  2. 2出羽三山Google マップ
  3. 3英彦山Google マップ