奈良県の大峰山、山形県の出羽三山、福岡県の英彦山は、山に分け入って厳しい修行を積む修験道の三大霊場として日本三大修験道(三大修験道場)と呼ばれます。開祖・役行者が蔵王権現を感得した大峰山、蜂子皇子が開いたと伝わる出羽三山、最盛期に三千を超える坊が並んだ英彦山は、いずれも千年以上にわたり山伏たちの祈りの舞台となってきました。今も白装束の行者が峰を歩き、一般の人も参拝や登拝でその世界に触れられます。
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A.大峰山は7世紀末に役行者が山上ヶ岳で蔵王権現を感得し、修験道を開いたと伝えられます。出羽三山は崇峻天皇の皇子・蜂子皇子が593年に羽黒山を開いたことに始まるとされ、英彦山は6世紀に北魏の僧・善正が修行を始めたのが修験道の起源と伝えられます。
A.大峰山は現在も女人禁制を守る数少ない霊山で、登山口の洞川には女人結界門が立っています。女性や登拝の時期を外した人は、対岸の稲村ヶ岳や龍泉寺の境内、面不動鍾乳洞などで、大峰山の自然と信仰の空気に触れることができます。
A.山上ヶ岳への登拝は、例年5月3日の戸開式から9月23日の戸閉式までの間に行われます。この時期には白装束の行者と登山者が急な参道を登り、山頂には修験道の根本道場である大峯山寺の本堂が建っています。
A.最盛期には三千八百もの坊が山中に並んでいたためです。英彦山は平安時代以降、九州の山岳信仰の中心となり、戦国時代には数千の僧兵を擁して大友氏と争うほどの勢力を誇りました。山中には今も数多くの坊跡や石垣が残っています。
A.三つの霊場は奈良県・山形県・福岡県に分かれています。直線距離で大峰山と英彦山は約470km、大峰山と出羽三山は約610km、出羽三山と英彦山は約1000km離れています。