日本三大合戦(にほんさんだいかっせん)は、日本の歴史上最も有名な三つの戦いとして知られる合戦です。甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が激突した「川中島の戦い」、徳川家康と石田三成が天下を争った「関ヶ原の戦い」、南北朝時代に九州で繰り広げられた「筑後川の戦い」を指します。
A.最も古いのは1359年の筑後川の戦いで、南北朝の争乱が九州へ波及するなかで起こりました。川中島の戦いは1553年から1564年にかけて五度戦われ、関ヶ原の戦いは1600年に行われました。
A.最も大きいのは関ヶ原の戦いで、全国の大名を巻き込む総勢十五万以上の決戦となりました。筑後川の戦いは両軍合わせて十万に及ぶ大軍が激突したと伝わり、川中島の戦いの第四次合戦では両軍合わせて三万を超える兵が入り乱れました。
A.その規模と凄惨さが理由とされます。兵力は南朝方が四万、北朝方が六万とも伝わり、戦死者は五千四百余、負傷者は二万五千に達したとされ、元寇を上回る被害を出したともいわれます。大保原の戦い、大原合戦とも呼ばれます。
A.史実かどうかは定かではありません。謙信が単騎で信玄の本陣に斬り込み、信玄が軍配で刃を受け止めたという三太刀七太刀の伝説として語られてきました。江戸時代の儒学者である頼山陽の漢詩によって、この場面は広く知られるようになりました。
A.三つの古戦場は長野県、岐阜県、福岡県にあります。直線距離で、川中島の戦いと関ヶ原の戦いの地は約200km、関ヶ原の戦いと筑後川の戦いの地は約590km、川中島の戦いと筑後川の戦いの地は約790km離れています。