切り替え:📍 福岡県 添田町🏯 歴史🎭 文化

【概要】

福岡県と大分県の境にそびえる標高1199メートルの霊山で、古くから九州の修験道の中心でした。最盛期には三千八百もの坊が山中に並び、「英彦山三千八百坊」と称されました。中腹の英彦山神宮は江戸時代の奉幣殿が重要文化財で、参道の石段や修験道館とともに、千五百年の祈りの歴史を今に伝えています。

【歴史】

英彦山は日本神話の天照大神の御子である天忍穂耳命を祀る山として古くから崇められ、6世紀に北魏の僧・善正が修行を始めたのが修験道の起源と伝えられます。平安時代以降は九州の山岳信仰の中心となり、戦国時代には数千の僧兵を擁して大友氏と争うほどの勢力を誇りました。江戸時代には霊元法皇から「英彦山」の名を賜り、明治の神仏分離で英彦山神社となって、1975年には神宮の号を得ています。

【特徴】

英彦山の中腹に建つ英彦山神宮の奉幣殿は、1616年に小倉藩主・細川忠興が再建した大講堂を起源とする建物で、修験道の寺院と神社が一体となっていた時代の姿を残す重要文化財です。山中には今も数多くの坊跡や石垣が残り、山伏たちの修行の道は登山道として整備されています。山頂の上宮までは杉の巨木に囲まれた石段が続き、南岳、中岳、北岳の三峰からは九州の山並みが一望できます。

【見どころ】

参道の入口にある銅の鳥居から奉幣殿までは長い石段が続きますが、麓の駐車場からはスロープカーで登ることもできます。参道沿いの英彦山修験道館では山伏の装束や法具、峰入りの様子が紹介され、修験道の世界を分かりやすく学べます。冬には四王寺の滝が凍って氷瀑となり、春はシャクナゲ、秋は紅葉が山を彩ります。麓の添田町には英彦山に伝わる木彫りの玩具「英彦山がらがら」を売る店もあります。

【トリビア】

英彦山に伝わる土鈴の魔除け「英彦山がらがら」は、日本最古の土鈴ともいわれ、参拝者が家に持ち帰って戸口に吊るす習わしが今も続いています。かつて英彦山の山伏は九州各地を巡って祈祷やお札配りを行い、その活動が九州の民間信仰に大きな影響を与えました。近年は福岡県と地元が修験道の文化を生かした巡礼の再興に取り組み、山伏の案内で峰を歩く体験プログラムも行われています。

📅 最終更新: 2026/9/6
英彦山
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です