日本三大盛り場

日本三大盛り場

日本三大盛り場(にほんさんだいさかりば)は、明治・大正・昭和初期にかけて発展した日本の代表的な3つの繁華街、東京の浅草(浅草六区)、京都の新京極、大阪の千日前を指します。これらは寺社地やその周辺から興行街へと発展し、歴史的な賑わいの中心地あるいは発祥地として知られています。

日本三大図鑑>日本三大盛り場

#アフィリエイト広告 このページには広告(アフィリエイトリンク)が含まれています

浅草(浅草六区)
⛰️ 名所🏯 歴史
📍 東京都 台東区

浅草(浅草六区)

(あさくさ)

浅草(浅草六区)は、東京都台東区の浅草寺の西側に開けた興行街です。明治初めに浅草寺一帯が公園となり、明治17年(1884年)に園内が七つの区に分けられた際の第六区が名の由来です。日本初の常設活動写真館とされる電気館や劇場が立ち並び、大衆芸能の中心地として「浅草オペラ」などの流行を生み出しました。古き良き東京の風情を今に伝えています。

浅草(浅草六区)の詳細を見る »
新京極
⛰️ 名所🏯 歴史
📍 京都府 京都市

新京極

(しんきょうごく)

明治5年に京都府参事・槇村正直によって寺領を整理して作られた京都の繁華街です。芝居小屋や見世物小屋が集められ、後に映画館街へと発展しました。現在は修学旅行生で賑わうアーケード街として広く親しまれています。

新京極の詳細を見る »
千日前
⛰️ 名所🏯 歴史
📍 大阪府 大阪市

千日前

(せんにちまえ)

かつての刑場や墓地跡を開発して興行街とした、大阪「難波」エリアの中心地です。法善寺の門前町として栄え、芝居小屋や演芸場が密集していました。「食い倒れ」の街・大阪を象徴する飲食店街としても広く知られています。

千日前の詳細を見る »

❓ 日本三大盛り場のよくある質問

Q.日本三大盛り場はいつ頃から並び称されるようになったのですか?

A.明治三十年代には、東京の浅草、京都の新京極、大阪の千日前が並ぶ盛り場として広く知られるようになりました。いずれも芝居小屋や見世物小屋、寄席などが集まる興行街として栄え、東西を代表する盛り場として肩を並べました。

Q.日本三大盛り場はそれぞれどのようにして生まれたのですか?

A.浅草六区は、浅草寺の境内一帯が公園に指定されたのち、池を埋め立ててできた第六区に見世物小屋や芝居小屋を集めたのが始まりです。新京極は明治五年に槇村正直が寺院の境内を整理して開いた通りで、千日前は明治に入って墓地が移され刑場も廃止された跡地が興行の街に生まれ変わりました。

Q.新京極と千日前という名前の由来は何ですか?

A.新京極は、平安京の東京極大路にあたる寺町通の東に開かれたことから名づけられました。千日前は、法善寺の住職が千日にわたる念仏回向を勤めたことで寺が「千日寺」と呼ばれ、その門前を意味する地名が生まれたと伝わります。

Q.日本三大盛り場で今も演芸を楽しめる場所はありますか?

A.浅草六区では、落語や漫才を昼夜通しで楽しめる浅草演芸ホールや、色物や喜劇を中心とする浅草東洋館が六区の芸能を受け継いでいます。千日前では一九八七年に開場したなんばグランド花月で、漫才と新喜劇が毎日のようにかかっています。

Q.日本三大盛り場はどのくらい離れていますか?

A.新京極と千日前は直線距離で約40kmと近く、京都と大阪で続けて訪ねやすい位置にあります。浅草(浅草六区)からは新京極まで約370km、千日前まで約410km離れています。

📍 所在地マップ

愛知県岐阜県群馬県埼玉県三重県山梨県滋賀県神奈川県静岡県石川県長野県東京都栃木県奈良県富山県123浅草(浅草六区)新京極千日前50 km地図データ: Natural Earth
  1. 1浅草(浅草六区)Google マップ
  2. 2新京極Google マップ
  3. 3千日前Google マップ