水城(みずじろ)とは、海や湖、川などの水を堀として利用したり、城地として取り込んだりした城のことです。「海城」とも呼ばれます。「高松城(香川県)」「今治城(愛媛県)」「中津城(大分県)」が日本三大水城に数えられ、満潮時には海水が堀を満たすなど、水と一体となった美しい景観が特徴です。
A.高松城と中津城は、どちらも天正十六年に築城が始まりました。高松城は生駒親正が玉藻の浦と呼ばれた入り江の地に、中津城は黒田孝高(官兵衛)が山国川の河口に築き始めています。今治城は藤堂高虎が慶長七年に着工し、慶長九年に完成させた海岸平城です。
A.高松城と今治城は三重の堀すべてに海水を引き込んでいます。中津城は山国川の水と海水が混じり合う汽水を堀に引き込んだ水城で、満潮になると堀が海のように満たされます。海水の堀には海の魚が泳ぎ、高松城では真鯛や黒鯛、今治城ではボラやスズキ、クロダイなどの姿が見られます。
A.あります。このページでは高松城・今治城・中津城を日本三大水城としていますが、三つ目を膳所城や桑名城とする説もあり、その顔ぶれには諸説があります。中津城は扇を広げたような城地の形から扇城とも呼ばれ、水城であることを大きく掲げてその歴史を伝えています。
A.三城とも江戸時代の天守は残っていません。高松城は寛文十年に完成した三重の天守が明治に取り壊され、天守台が残ります。今治城は昭和五十五年に建てられた五層六階の模擬天守です。中津城は昭和三十九年に建てられた五層五階の模擬天守で、江戸時代を通じて天守はなかったとされます。
A.三城は香川県・愛媛県・大分県にあり、瀬戸内海を囲むように並んでいます。直線距離で高松城と今治城は約100km、今治城と中津城は約180km、高松城と中津城は約280km離れています。