【概要】
瀬戸内海に面して築かれた海城の代表格。別名「玉藻城(たまもじょう)」。内堀、中堀、外堀すべてに海水が引き込まれており、堀にはクロダイやスズキなどの海水魚が泳いでいます。かつては天守が海から直接見える構造でした。
【歴史】
高松城は、天正十五年に豊臣秀吉から讃岐一国を与えられた生駒親正が、翌天正十六年から瀬戸内海に臨む玉藻の浦と呼ばれた入り江の地に築き始めた海城です。生駒氏四代のあと、寛永十九年には水戸徳川家の松平頼重が東讃十二万石を与えられて入り、以後は明治維新まで高松藩松平家の居城であり続けました。頼重は大改修に着手し、寛文十年には小倉城を模した三重の天守が完成しています。
【特徴】
高松城の最大の特徴は、内堀・中堀・外堀という三重の堀すべてに瀬戸内海の海水を引き込んだ構造にあります。水門で潮の干満に合わせて水位を調節し、城内まで軍船を直接乗り入れることができたため、瀬戸内海の制海権を握る拠点として、また海の玄関口として機能しました。柿本人麻呂が讃岐国を「玉藻よし」と詠んだ枕詞にちなみ、玉藻城という別名でも親しまれ、瀬戸内の海と一体になった城構えを今に伝えています。
【見どころ】
城跡は香川県高松市にある玉藻公園として整備公開されており、現存する月見櫓と続櫓、水手御門、移築された艮櫓が国の重要文化財に指定されています。延宝四年に建てられた月見櫓は出入りする船を見張る役割から着見櫓とも呼ばれ、海に向かって開く水手御門は藩主が船で出入りした海の大手門でした。明治に取り壊された天守の跡も石垣が積み直され、天守台に登れば城内と瀬戸内の海を一望できます。
【トリビア】
高松城の堀に泳いでいるのは鯉ではなく、三重の堀に海水を引き込んでいるため真鯛や黒鯛です。城内では「鯛願城就」と名づけられた鯛の餌やり体験ができ、専用の餌を投げ入れると、堀の魚が豪快な水しぶきを上げて群がってきます。堀で鯛釣りを楽しめる珍しい城としても知られ、水に浮かぶように見える城の姿とあわせて、歴史好きにも親子連れにも人気の観光名所となっています。




