今治城

(いまばりじょう)
📍 愛媛県 今治市🏯 歴史⛰️ 名所🎭 文化

【概要】

築城の名手・藤堂高虎によって築かれた、海水を堀に引き入れた海岸平城です。堀の幅は最大70mもあり、満潮時には城が海に浮かんでいるように見えます。現在は5層6階の模擬天守がそびえ立ち、今治市のシンボルとなっています。

【歴史】

今治城は、築城の名手として名高い藤堂高虎が慶長七年に着工し、慶長九年に完成させた海岸平城で、当時としては最新鋭の海城でした。関ヶ原の戦いの功で伊予に加増を受けて二十万石の大名となった高虎が、瀬戸内海の海上交通の要衝を押さえるために築いたものです。慶長十四年に高虎が伊勢へ移ったあとは養子の藤堂高吉が城を預かり、寛永十二年からは久松松平家が明治維新まで今治藩を治めました。

【特徴】

三重の堀すべてに海水を引き入れた構造が今治城の身上で、堀は海と直接つながり、内堀の幅は広いところで五十から七十メートルにも達します。潮の満ち引きに合わせて堀の水位が変わり、今もボラやスズキ、クロダイ、時にはエイまで泳ぐ姿が見られます。かつては海から堀へ船をそのまま乗り入れることができ、船だまりを城内に備えるなど、水軍を組み込んだ港城として設計されていました。

【見どころ】

愛媛県今治市にある城跡には、昭和五十五年に建てられた五層六階の模擬天守がそびえ、最上階からは瀬戸内海としまなみ海道を見渡すことができます。平成十九年には正門にあたる鉄御門と多聞櫓五棟が、江戸時代の史実に可能な限り基づいて木造で復元されました。巨石を据えた枡形虎口は迫力があり、夜は天守や石垣が水面に映るライトアップが幻想的で、写真撮影の名所にもなっています。

【トリビア】

今治城に建てられた高虎の天守は、慶長十四年頃に丹波亀山城へ移築されたと伝わり、実像の分からない幻の天守として城好きの関心を集めてきました。本丸には、甲冑姿ではなく普段着で築城を指図する姿の高虎の銅像が立ち、縄張りに知恵を絞った武将らしい一面を伝えています。平成十八年には日本100名城の一つにも選ばれ、堀端を巡る散策路とあわせて多くの城好きが訪れる名城となっています。

📅 最終更新: 2026/9/6
今治城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です