日本各地で歌い継がれてきた民謡の中でも、特に歴史的背景、芸術性、知名度において傑出した三つの民謡(江差追分、磯節、郡上節)のことです。労働歌や祝い歌、盆踊り歌など由来は様々ですが、いずれも地域の人々の心に深く根ざし、日本の伝統的な音楽文化を代表する存在です。
A.江差追分は信州の馬子唄が越後追分となり、北前船の船乗りたちによって江差へ運ばれて独自の節になったとされます。磯節は漁師たちが櫓を漕ぎながら唄った舟唄が母体と伝えられ、郡上節(郡上おどり)は村々の盆踊りを郡上八幡の城下に集めて奨励したのが始まりとされます。
A.唄うのが非常に難しいためです。江差追分は前唄・本唄・後唄の三つの部分からなり、本唄では息の続く限り声を伸ばして微妙に揺らす高度な技術が求められ、正しく唄い切るには何年もの修練が要るといわれます。その難しさゆえに民謡の王様と呼ばれています。
A.郡上おどりは七月中旬から九月上旬まで三十夜あまり開かれ、八月十三日から十六日の四夜は夕方から明け方まで踊り明かす徹夜おどりになります。見物するだけでなく誰でも自由に輪に入れるのが決まりで、伴奏は録音を使わず屋形の上での生演奏です。
A.水戸出身の第十九代横綱・常陸山の付き人を務めた、盲目の按摩師・関根安中だと伝えられます。巡業先の各地で披露した独創的な節回しと澄んだ唄声が評判を呼び、常陸山の名声とも相まって、磯節は一気に全国区の民謡となりました。
A.北海道の江差追分と茨城県の磯節は直線距離で約620km、江差追分と岐阜県の郡上節(郡上おどり)は約730km離れています。磯節と郡上節(郡上おどり)は直線距離で約330kmです。発祥の地は北海道、茨城県、岐阜県の三つに分かれています。