大規模な山体崩壊や土砂崩れが発生した場所として知られる、大谷崩(静岡県)、鳶山崩れ(富山県)、稗田山崩れ(長野県)の3つの総称です。いずれも地震や集中豪雨などの自然災害によって形成された荒々しい景観を持ち、現在も砂防工事が続けられている場所が多くあります。日本の地質と災害の歴史を物語る重要な地形です。
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A.記事にある推定では、鳶山崩れが4億立方メートル超、稗田山崩れが1億5000万立方メートル、大谷崩がおよそ1億2000万立方メートルです。鳶山崩れの土砂は立山カルデラの内部に流れ込んで堆積し、今なお推定2億立方メートルが残されています。
A.鳶山崩れは1858年(安政5年)4月9日の未明に発生した飛越地震によって起きました。稗田山崩れは1911年(明治44年)8月8日の午前3時ごろに起きた崩落で、前年からの長雨や度重なる豪雨が引き金になったとみられています。
A.稗田山崩れでは土石流が浦川を流れ下って集落や田畑をのみ込み、直接の犠牲者は23人、流失した家屋は26戸にのぼりました。土砂は浦川と姫川の合流点をせき止めて天然ダムを形づくり、その決壊によって下流の村々に被害が広がりました。
A.はい、三つの崩れではいずれも対策が続けられてきました。大谷崩では国による大規模な砂防事業で谷筋に堰堤が階段状に築かれ、鳶山崩れのある立山カルデラでは明治時代以降、国と県による砂防事業が続いています。稗田山崩れでも行政による監視と対策工事が続けられてきました。
A.三つは静岡県、富山県、長野県にあり、鳶山崩れと稗田山崩れは直線距離で約50km、大谷崩と鳶山崩れは約160km、大谷崩と稗田山崩れは約180km離れています。なお、立山カルデラの内部は一般の人の立ち入りが厳しく制限されています。