【概要】
富山県中新川郡立山町、北アルプス立山連峰にある鳶山(とんびやま)の大崩壊跡。1858年(安政5年)の飛越地震により山体の一部が大崩壊を起こし、立山カルデラ内に大量の土砂が流入した。この崩壊による土石流は下流に甚大な被害をもたらし、現在も砂防工事が続けられている驚異的な崩壊地である。別名「大鳶崩れ」。
【歴史】
1858年(安政5年)4月9日の未明、越中と飛騨の国境付近を走る跡津川断層を震源として、マグニチュード7.1と推定される飛越地震が発生しました。この激しい揺れによって立山連峰の一角にあった大鳶山と小鳶山が崩れ落ち、山そのものが地図から消え去ってしまった大災害が鳶山崩れです。崩壊した土砂は全量で4億立方メートルを超えると推定され、その規模は群を抜いています。
【特徴】
鳶山崩れによって生じた膨大な土砂は、富山県立山町にある立山カルデラの内部へ流れ込んで厚く堆積しました。カルデラは東西およそ6.5キロ、南北およそ4.5キロにおよぶすり鉢状の巨大な凹地で、火山の陥没ではなく長い年月をかけた侵食によってできた地形です。今なお推定2億立方メートルもの土砂が残されており、下流の常願寺川の流域を脅かし続ける存在となっています。
【見どころ】
崩壊の直後から土石流が繰り返し下流の村々を襲ったため、明治時代以降は国と県による砂防事業が営々と続けられてきました。オランダ人技師ヨハネス・デ・レーケも常願寺川の調査に関わったと伝えられ、山中には国の重要文化財に指定された白岩砂防堰堤がそびえています。ふもとの立山カルデラ砂防博物館では、この壮大な事業の歩みと、自然と向き合ってきた人々の知恵を学ぶことができます。
【トリビア】
立山カルデラの内部は現在も土砂災害の危険が高く、一般の人の立ち入りは厳しく制限されています。ただし夏の間は博物館が主催する体験学習会が開かれ、砂防工事用のトロッコに乗って現地を訪ねられるため、毎年高い倍率の抽選になるほどの人気を集めています。鳶山崩れは、地震によって引き起こされた山体崩壊としては有史以来国内で最大級のものとされ、日本の防災史に深く刻まれた出来事です。




