江戸時代を代表する三人の偉大な俳諧師です。俳諧を芸術の域に高め「俳聖」と仰がれる松尾芭蕉、絵画的な美を追求し「俳画」を大成した与謝蕪村、庶民の生活や弱者への視点を詠んだ小林一茶を指します。彼らの足跡は「奥の細道」をはじめ全国に残されています。
A.三人とも江戸時代の俳人です。松尾芭蕉は寛永21年(1644年)生まれの江戸時代前期、与謝蕪村は享保元年(1716年)生まれの江戸時代中期、小林一茶は宝暦13年(1763年)生まれの江戸時代後期の俳人にあたります。
A.二人が顔を合わせたことはありません。与謝蕪村は芭蕉の没後22年に生まれているため、蕪村の敬慕は書物と足跡を通じたものでした。蕪村は芭蕉への回帰を唱えて運動の中心となり、京都の金福寺では門人とともに芭蕉庵を再興しています。
A.松尾芭蕉は自然と向き合う静かな感動を一句に凝縮する「蕉風」を確立しました。与謝蕪村は画家の眼が捉えた鮮やかな情景描写で絵画的俳句とも評され、小林一茶は小さな命へのまなざしと俗語や方言を取り入れた「一茶調」で、庶民の目線に立った俳諧を切り開いています。
A.松尾芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」、与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」、小林一茶の「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」がよく知られています。芭蕉の最後の句としては「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」が伝わっています。
A.松尾芭蕉の生誕地である三重県伊賀市の伊賀上野には芭蕉翁記念館や生家があります。与謝蕪村は大阪の毛馬に生まれ、京都の金福寺に墓所があります。小林一茶の郷里である長野県信濃町の柏原には、国の史跡となった終焉の土蔵や一茶記念館があります。