琉球八社は、琉球王国の王府が特別の扱いをした八つの神社の総称です。筆頭の波上宮に沖宮・識名宮・普天満宮・末吉宮・安里八幡宮・天久宮・金武宮を加えた顔ぶれで、うち七社は紀伊の熊野三山の神を迎えた社であり、安里八幡宮だけが八幡神を祀ります。洞窟や鍾乳洞を神域とする社が多く、島の古い祈りと熊野信仰が重なった姿を今に伝えます。
A.琉球八社の筆頭は波上宮です。沖縄県那覇市の琉球石灰岩の断崖の上に鎮座し、琉球国第一の神社と仰がれてきました。祭神は伊弉冉尊・速玉男尊・事解男尊の熊野三神で、明治二十三年(1890年)には官幣小社に列せられました。
A.安里八幡宮だけが八幡神を祀っている点です。ほかの七社はいずれも紀伊の熊野三山の神を迎えた社です。安里八幡宮の祭神は応神天皇・神功皇后・玉依姫命の三柱で、尚徳王が喜界島への遠征に際して戦勝を祈り、帰ってから社を建てたと伝えられます。
A.普天満宮、金武宮、識名宮が洞窟を神域としています。普天満宮は全長およそ二百八十メートルの鍾乳洞の奥に奥宮を祀り、金武宮は社殿を設けず鍾乳洞の日秀洞そのものを御本体としてきました。識名宮の境内にも洞窟の拝所が守られ、天久宮には湧き水の出る小さな洞が拝所として残ります。
A.多くの社殿は戦後に再建されたものです。波上宮・沖宮・識名宮・末吉宮は沖縄戦で、安里八幡宮と天久宮は昭和十九年(1944年)の空襲で社殿を失いました。沖宮の旧本殿と末吉宮の本殿は戦前に国宝に指定されていた建物で、末吉宮の本殿は昭和四十七年(1972年)に復元されました。
A.八社はいずれも沖縄県にあり、六社が那覇市、普天満宮が宜野湾市、金武宮が金武町にあります。直線距離で波上宮と天久宮は約1km、波上宮と普天満宮は約13km、普天満宮と金武宮は約20km、波上宮と金武宮は約40km離れています。