【概要】
安里八幡宮は、沖縄県那覇市にある市街地の一画に鎮座する琉球八社の一社です。琉球八社のうちこの社だけが八幡神を祀り、ほかの七社が紀伊の熊野三山の神を迎えたのとは由緒を異にします。尚徳王が喜界島への遠征に際して戦勝を祈り、凱旋の誓いにこたえて建てたと伝えられ、弓矢と漂着した梵鐘の伝説を今に残しています。
【歴史】
安里八幡宮は、第一尚氏の最後の王となった尚徳王が十五世紀の後半に建てたと伝えられます。喜界島への遠征に向かう途中、安里で飛び立つ鳥を見て一矢で射落とせば島の平定がかなうようにと祈り、見事に射落としたといいます。さらに那覇港を出た軍船に梵鐘が漂い寄り、八幡大菩薩の霊鐘として戦に臨み、帰ってから社を建てたとされます。
【特徴】
祭神は応神天皇・神功皇后・玉依姫命の三柱で、琉球八社のうち八幡神を祀るのは安里八幡宮だけです。ほかの七社はいずれも紀伊の熊野三山の神を迎えており、この社だけが武運の神を戴く成り立ちとなっています。別当寺として神徳寺が置かれ、八幡宮と寺が一体となって王府の祈りを担ってきました。八社の性格の幅を示す存在といえます。
【見どころ】
社地はいま市街地のただなかにあり、通りから石段を上がると小ぢんまりとした社殿が構えられています。規模は大きくありませんが、琉球八社で唯一の八幡宮という位置づけを知って立つと、弓矢の伝説を帯びた場所であることが実感されます。安里八幡宮は四方を建物に囲まれており、街の人びとの暮らしとすぐ隣り合って続いてきた社です。
【トリビア】
安里八幡宮の社殿は、昭和十九年(1944年)十月の空襲で全焼しました。戦後は昭和三十八年(1963年)に仮の社殿を建てて復興し、現在の社殿が整ったのは平成五年(1993年)のことです。伝説に語られる梵鐘は今日に伝わりませんが、八幡神を戴くというこの社の性格は、熊野信仰が広く行きわたった島の神社のなかで際立っています。




