近江八景は、琵琶湖の南部から撰ばれた八つの景勝で、石山秋月・瀬田夕照・粟津晴嵐・矢橋帰帆・三井晩鐘・唐崎夜雨・堅田落雁・比良暮雪を指します。中国の瀟湘八景にならい、慶長年間ごろに近衛信尹が撰んだとする説が有力で、歌川広重の浮世絵によって全国に知られました。今もそのまま眺められる景色と、開発で失われた景色とが入りまじっています。
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A.慶長年間ごろに近衛信尹が撰んだとする説が有力です。中国の瀟湘八景にならって琵琶湖の南部から八つの景勝が選ばれ、たとえば瀟湘八景の平沙落雁には堅田落雁、江天暮雪には比良暮雪があてられました。その後、歌川広重の浮世絵によって全国に知られるようになりました。
A.粟津晴嵐と矢橋帰帆は往時の姿が失われています。粟津晴嵐の松並木は開発で数本を数えるほどになり、矢橋帰帆の帆船が行き交った水域は琵琶湖総合開発で埋め立てられました。一方、石山秋月の月見亭や唐崎夜雨の一本松、浮御堂、比良暮雪の山なみは今も眺められます。
A.三井晩鐘と粟津晴嵐です。三井晩鐘は三井寺の鐘楼から夕暮れの湖上へ流れる鐘の音を景色に見立てたもので、その鐘は日本三名鐘に数えられます。粟津晴嵐は晴れた日の強い風に松の枝葉がざわめく音までふくめた情景で、音と動きを景色として選んだ点がこの題のおもしろさとされます。
A.もののふの矢橋の船は速けれど急がば回れ瀬田の長橋という歌が由来と伝えられます。矢橋帰帆の矢橋から船で渡れば近道でしたが、比良おろしの強い風で危ういため、遠回りでも瀬田夕照の瀬田の唐橋を渡れという意味です。二つの景勝が一首に詠み込まれています。
A.八景はいずれも滋賀県の琵琶湖南部に集まっています。石山秋月と瀬田夕照は直線距離で約1km、石山秋月から唐崎夜雨も約10kmと近く、南の六景は狭い範囲にまとまっています。北の比良暮雪は堅田落雁から約17km、唐崎夜雨から約20km、石山秋月からは約30km離れています。