近江八景は、琵琶湖の南部から撰ばれた八つの景勝で、石山秋月・瀬田夕照・粟津晴嵐・矢橋帰帆・三井晩鐘・唐崎夜雨・堅田落雁・比良暮雪を指します。中国の瀟湘八景にならい、慶長年間ごろに近衛信尹が撰んだとする説が有力で、歌川広重の浮世絵によって全国に知られました。今もそのまま眺められる景色と、開発で失われた景色とが入りまじっています。

(いしやまのしゅうげつ)
石山秋月は、石山寺の境内から瀬田川と琵琶湖の水面に映る秋の月を眺める景色で、近江八景のひとつに数えられます。眺めの場は東の尾根の先に建つ月見亭で、歌川広重の浮世絵にも堂の屋根と川筋と月とが一枚に収められました。紫式部が月影を見て物語の構想を得たという伝承も重なり、今も秋の名月の名所として親しまれています。
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(せたのせきしょう)
瀬田夕照は、瀬田の唐橋と瀬田川の川面が夕日に染まる景色で、近江八景のひとつです。橋は琵琶湖から流れ出る唯一の川に架かり、中島を挟んで大橋と小橋に分かれる姿が古くから絵に描かれてきました。橋そのものは幾度も架け替えられていますが、夕暮れに川面が赤く光り、長い橋が影を落とす眺めは今も見ることができます。
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(あわづのせいらん)
粟津晴嵐は、粟津原の東海道ぞいに続いた松並木が強い風にざわめく景色で、近江八景のひとつに数えられます。晴嵐とは晴れた日に吹く風のことで、枝葉が鳴る音までふくめた情景が題に選ばれました。往時の松並木はすでに失われ、いまは湖岸のなぎさ公園に植えられた若い松並木と、晴嵐という地名だけがその名残をとどめています。
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(やばせのきはん)
矢橋帰帆は、矢橋の港へ帆を下ろしながら帰ってくる船の景色で、近江八景のひとつです。矢橋から対岸の大津の石場へ渡れば東海道の近道になるため、ここは琵琶湖でも指折りの賑わう港でした。帆船が行き交った水域は昭和の琵琶湖総合開発で埋め立てられ、いまは石積みの突堤と一基の常夜灯が残るだけの公園として整えられています。
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(みいのばんしょう)
三井晩鐘は、三井寺の鐘楼から夕暮れの湖上へ流れていく鐘の音を景色に見立てたもので、近江八景のひとつです。目で眺める景色ではなく耳で聞く情景を選んだ点が異色で、いまつり下げられている梵鐘は慶長七年にあたる1602年のものです。冥加料を納めれば誰でも撞くことができ、八景のなかでも体で味わえる景色になっています。
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(からさきのやう)
唐崎夜雨は、唐崎神社の境内に枝を広げる松へ夜の雨が降りかかる景色で、近江八景のひとつです。歌川広重は激しい雨に打たれる松を大胆な構図で描き、八景のなかでもとりわけ知られた一枚になりました。いま立っている松は三代目にあたりますが、湖に張り出した岬に一本松が立つたたずまいは、今も変わらず訪ねることができます。
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(かたたのらくがん)
堅田落雁は、湖上に突き出した浮御堂のあたりへ雁の群れが舞い降りる景色で、近江八景のひとつです。琵琶湖がもっとも狭くなる堅田が舞台で、堂の屋根の向こうに列を崩して降りる雁の姿が浮世絵にも描かれました。雁の大群に出会う機会はめっきり少なくなりましたが、水に囲まれて建つ堂のたたずまいは、今も変わらないままです。
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(ひらのぼせつ)
比良暮雪は、琵琶湖の西岸に連なる比良山地が夕暮れの雪をかぶって浮かびあがる景色で、近江八景のひとつです。八景のなかで唯一、遠くの山なみを眺める題であり、対岸や湖上から白い稜線を望む冬の情景は、いまもそのままに出会うことができます。最高峰は標高千二百十四メートルの武奈ヶ岳で、大部分が琵琶湖国定公園に含まれます。
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