金沢八景

金沢八景

金沢八景は、横浜市金沢区の入江と海辺から選ばれた八つの景色で、小泉夜雨・称名晩鐘・乙舳帰帆・洲崎晴嵐・瀬戸秋月・平潟落雁・野島夕照・内川暮雪を指します。元禄七年にあたる1694年、明から渡来した心越禅師が能見堂からの眺めを瀟湘八景になぞらえて詠んだ詩が元になったとされますが、それ以前から八景と呼ばれていた形跡もあります。歌川広重の浮世絵で広く知られましたが、入江の多くは埋め立てられ、絵のままの眺めはほとんど残っていません。

地域名数>金沢八景

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小泉夜雨
⛰️ 名所🏯 歴史
📍 神奈川県 横浜市金沢区

小泉夜雨

(こいずみのやう)

小泉夜雨は、手子神社のあたりから、夜の雨にけむる入江ぞいの一本道を眺めた景色で、金沢八景のひとつです。目に映る景色よりも、闇のなかの雨音や湿った空気を味わう題といえます。道が沿っていた入江は江戸時代から田畑に変わり、いまは住宅の建ち並ぶ町になっていて、社の小さな木立だけがかつての情景をしのぶ手がかりになっています。

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称名晩鐘
⛰️ 名所🏯 歴史
📍 神奈川県 横浜市金沢区

称名晩鐘

(しょうみょうのばんしょう)

称名晩鐘は、称名寺の鐘楼から夕暮れの入江へ響いていく鐘の音を景色に見立てたもので、金沢八景のひとつです。称名寺は鎌倉時代に北条実時が開いた金沢北条氏ゆかりの寺で、境内には浄土庭園の阿字ヶ池と朱塗りの反橋が整えられています。寺のまわりの海は埋め立てで遠のきましたが、鐘の音と夕暮れの境内の静けさは今も味わうことができます。

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乙舳帰帆
⛰️ 名所🏯 歴史
📍 神奈川県 横浜市金沢区

乙舳帰帆

(おっとものきはん)

乙舳帰帆は、乙舳の浜と、帆を張って沖を行き来する船の姿を題にした景色で、金沢八景のひとつです。乙舳は野島に近い海辺の浜で、沖には江戸湾の海が広がっていました。浜の沖は昭和の埋め立てで陸地になり、帆船の行き交う眺めは失われましたが、平潟湾の岸には今も釣り船がつながれ、海とともにあった町の面影をとどめています。

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洲崎晴嵐
⛰️ 名所🏯 歴史
📍 神奈川県 横浜市金沢区

洲崎晴嵐

(すさきのせいらん)

洲崎晴嵐は、平潟湾のほとりに突き出した洲崎の浜と集落を、晴れた日の風が吹きわたる景色で、金沢八景のひとつです。洲崎は砂が積もってできた岬を指す地名で、源頼朝の創建と伝わる洲崎神社が鎮座しています。浜の大半は埋め立てで内陸になりましたが、洲崎神社の社と洲崎町という町名が、晴嵐の舞台がどこにあったのかを今に伝えています。

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瀬戸秋月
⛰️ 名所🏯 歴史
📍 神奈川県 横浜市金沢区

瀬戸秋月

(せとのしゅうげつ)

瀬戸秋月は、瀬戸神社の前に開けた瀬戸の水辺と、その水面に映る秋の月を眺める景色で、金沢八景のひとつです。瀬戸は平潟湾と内川の入江とを結んだ狭い水路で、潮の満ち引きのたびに水が勢いよく出入りしました。奥の入江は埋め立てられて往時の眺めは失われましたが、瀬戸神社と琵琶島神社は今も残り、月の名所の舞台を伝えています。

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平潟落雁
⛰️ 名所🏯 歴史
📍 神奈川県 横浜市金沢区

平潟落雁

(ひらかたのらくがん)

平潟落雁は、平潟湾の干潟へ雁の群れが舞い降りる景色で、金沢八景のひとつです。平潟湾は瀬戸と野島のあいだに入り込んだ浅い内湾で、潮が引くと干潟が現れ、渡り鳥の餌場になっていました。湾はまわりの埋め立てで狭まりましたが水面は今も残り、岸の遊歩道から、冬に羽を休めるカモやサギなどの水鳥を眺めることができます。

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野島夕照
⛰️ 名所🏯 歴史
📍 神奈川県 横浜市金沢区

野島夕照

(のじまのせきしょう)

野島夕照は、平潟湾の口に浮かぶ野島と、その空を赤く染める夕日の景色で、金沢八景のひとつです。八景の舞台のなかで、島の丘という地形がもっともよく残る場所で、いまは野島公園として整えられています。丘の上の展望台からは湾と町並みを見晴らせ、空気の澄んだ日には西の空に富士山のシルエットが浮かぶこともあります。

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内川暮雪
⛰️ 名所🏯 歴史
📍 神奈川県 横浜市金沢区

内川暮雪

(うちかわのぼせつ)

内川暮雪は、瀬戸橋の奥に広がっていた内川の入江と、その岸辺が夕暮れの雪に包まれる景色で、金沢八景のひとつです。入江は江戸時代から新田として埋め立てが進み、いまでは区役所や住宅の建ち並ぶ市街地になりました。描かれた場所がはっきりせず、八景のなかでもっとも異説の多い題でもあり、舞台を思い描くには地形の移り変わりをたどる必要があります。

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❓ 金沢八景のよくある質問

Q.金沢八景はいつ、誰の詩が元になって選ばれたのですか?

A.元禄七年にあたる1694年、明から渡来した心越禅師が能見堂からの眺めを瀟湘八景になぞらえて詠んだ詩が元になったとされます。ただし、それ以前から八景と呼ばれていた形跡もあります。のちに歌川広重の浮世絵によって、金沢八景の名は広く知られるようになりました。

Q.金沢八景の八つの題は瀟湘八景のどの題にあたりますか?

A.金沢八景は瀟湘八景の題を金沢の地名に置きかえたものです。瀟湘夜雨は小泉夜雨、煙寺晩鐘は称名晩鐘、遠浦帰帆は乙舳帰帆、山市晴嵐は洲崎晴嵐、洞庭秋月は瀬戸秋月、平沙落雁は平潟落雁、漁村夕照は野島夕照、江天暮雪は内川暮雪にあたります。

Q.金沢八景の景色は今も見ることができますか?

A.浮世絵のままの眺めはほとんど残っていません。入江の多くは江戸時代の新田開発や近代以降の埋め立てで陸地になりました。そのなかで野島夕照の野島は小高い丘を持つ島の形を保ち、八景の地形をもっともよく伝える場所になっています。瀬戸秋月の瀬戸神社と琵琶島神社のあたりも、往時の面影をよく残しています。

Q.金沢八景の八か所はどれくらい離れていますか?

A.八か所とも神奈川県横浜市金沢区にあり、互いの直線距離はおおむね約1〜3kmです。最も離れているのは小泉夜雨と野島夕照、称名晩鐘と野島夕照で、どちらも約3kmです。題に入った乙舳・洲崎・平潟・野島・瀬戸は町名として残っており、地名をたどれば舞台の位置を地図の上で確かめられます。

Q.金沢八景は題ごとに季節や時刻が違うのですか?

A.はい、八つの題がそれぞれ異なる季節や時刻を受け持っています。瀬戸秋月は八景で唯一月を題にした秋の夜の景、内川暮雪は雪の積もる夕暮れ、洲崎晴嵐は昼の明るい光のなかの数少ない題です。ほかにも小泉夜雨は夜の雨、称名晩鐘は夕暮れに響く鐘、野島夕照は夕日に染まる島を題にしています。

📍 所在地マップ

茨城県埼玉県静岡県千葉県東京都21843567小泉夜雨称名晩鐘乙舳帰帆平潟落雁50 km地図データ: Natural Earth
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  2. 2称名晩鐘Google マップ
  3. 3乙舳帰帆Google マップ
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  5. 5瀬戸秋月Google マップ
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  7. 7野島夕照Google マップ
  8. 8内川暮雪Google マップ