乙舳帰帆

(おっとものきはん)
📍 関東神奈川県 横浜市金沢区⛰️ 名所🏯 歴史

#アフィリエイト広告 このページには広告(アフィリエイトリンク)が含まれています

【概要】

乙舳帰帆は、乙舳の浜と、帆を張って沖を行き来する船の姿を題にした景色で、金沢八景のひとつです。乙舳は野島に近い海辺の浜で、沖には江戸湾の海が広がっていました。浜の沖は昭和の埋め立てで陸地になり、帆船の行き交う眺めは失われましたが、平潟湾の岸には今も釣り船がつながれ、海とともにあった町の面影をとどめています。

【歴史】

乙舳は、野島と向かい合う海辺に開けた浜で、人々は漁や海上の仕事で暮らしを立ててきました。心越禅師の詩にちなむ八景では、瀟湘八景の遠浦帰帆にあたる題としてこの浜が選ばれています。横浜市の解説では、歌川広重の乙舳帰帆は、乙舳の海岸から小柴の岬へ向けて、帆を揚げた船が走り出していく様子を描いたものとされています。

【特徴】

帰帆とは本来、沖での仕事を終えた船が帆を下ろしながら港へ戻ってくる情景をいいます。ところが広重の絵では、帆を揚げて沖へ出ていく船が描かれているとされ、題の言葉と絵の動きが逆になっている点がおもしろいところです。金沢の海は鎌倉の外港として栄えた六浦の湊に連なり、江戸時代には荷船や漁船が浜の沖をしきりに行き来していました。

【見どころ】

乙舳の浜の沖は、昭和の後半に進められた金沢地先の大規模な埋め立てで陸地となり、工場や住宅が並ぶ新しい町が生まれました。帆船の並ぶ眺めはもう見られませんが、平潟湾の岸には釣り船の船宿があり、朝夕に船が出入りする様子から、海とともにあった浜の暮らしをしのぶことができます。船宿の営業や出船の時間は時期によって変わります。

【トリビア】

乙舳はおっともと読み、船の舳先を思わせる珍しい名で、いまも横浜市金沢区の町名として残っています。八景の題に入った地名のうち、乙舳のほか、洲崎・平潟・野島・瀬戸も、それぞれ町名として受け継がれています。景色そのものは姿を変えても、地名をたどって歩けば、八景がどのあたりの海辺を選んだのかを地図の上で確かめることができます。

📅 最終更新: 2026/10/20
乙舳帰帆
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です