【概要】
山田の焼鮒は、新潟県新潟市西区にある山田神社に伝わる話で、越後七不思議のひとつに数えられます。赦免されて越後を去る親鸞聖人の送別の宴に焼いた鮒が供され、聖人が念仏を唱えて池へ放つと生き返って泳ぎ出したと伝えられます。以来この地では、体に焦げ目のような模様をもつ鮒がとれるようになったという言い伝えが残ります。
【歴史】
建暦元年の十一月、流罪を許された親鸞聖人が越後を去るにあたり、人々が山王神社に集まって別れの宴を開いたと伝えられます。その膳に焼いた鮒が出されると、聖人は傍らの榎に袈裟を掛け、念仏の教えがまことならばこの鮒は必ず生き返るはずだと唱えて池へ放したといいます。山王神社は、現在の山田神社にあたるとされています。
【特徴】
越後七不思議の多くが草木にまつわるなかで、山田の焼鮒は魚を主役にする点で異彩を放ちます。放たれた鮒が泳ぎ出して以来、このあたりでは体に黒い焦げ目のような模様をもつ鮒がとれるようになったと語り継がれてきました。聖人が袈裟を掛けたとされる榎にまつわる話も添えられ、土地の記憶として受け継がれています。七不思議のなかでも、とりわけ語り口のにぎやかな一話といえます。
【見どころ】
江戸時代に榎の枝が折れ、その材を挽いたところ、切り口の一方に聖人の姿が、もう一方に鮒の形が浮かび上がったと伝えられます。この二枚の板は厨子に納められ、神社の神職をつとめた田代家に伝えられてきました。家の前には見真大師焼鮒御旧蹟と刻まれた碑が立ちます。拝観を希望する場合は事前の連絡が必要で、受け入れの扱いは変わることがあります。
【トリビア】
かつてこの一帯には新潟交通の電車線が走っており、焼鮒という名の駅が置かれていました。駅名はまさにこの言い伝えにちなんだもので、物語が地元でどれほど親しまれてきたかがうかがえます。路線はすでに廃止されて駅も残っていませんが、焼鮒の名は今もバス停や住宅地の呼び名として土地に残り、沿線の面影をたどる人も少なくありません。
