【概要】
底倉温泉は、宮ノ下のすぐ南、蛇骨川がつくる狭い谷に沿って開けた小さな温泉地です。戦国時代にはすでに湯治場として知られ、天正18年(1590年)の小田原攻めで豊臣秀吉の将兵が疲れを癒したという太閤石風呂の伝説が残ります。江戸時代には箱根七湯の一つに数えられ、いまも古い歴史を伝える旅館が谷あいにたたずんでいます。
【歴史】
底倉温泉の歴史は古く、戦国時代の天文14年(1545年)には、湯治の客が村人を勝手に使役することを禁じる触れが小田原の北条氏から出されていました。天正18年(1590年)、豊臣秀吉が小田原城を攻めた際には、長い陣中にあった将兵がこの谷の湯で疲れを癒したと伝えられます。江戸時代には箱根七湯の一つに数えられ、谷に沿って湯宿が並ぶ湯治場として栄えました。
【特徴】
底倉温泉は蛇骨川が刻んだ狭い谷の底に湧き、宿の多くが川音の届く谷沿いに建っています。明治に国道が開かれるまでは、いまの堂ヶ島や宮ノ下の一部まで含めた広い範囲が底倉村と呼ばれていたとされます。いまも谷の地形を生かした小ぢんまりとした宿が並ぶ、落ち着いた温泉地です。宮ノ下の富士屋ホテルからは歩いて数分で谷あいの静けさに入っていけます。
【見どころ】
蛇骨川の川原に残る太閤石風呂は、秀吉が小田原攻めの折に将兵のために岩を掘らせたと伝わる岩風呂の跡です。江戸時代に地震で埋もれ、文化年間に地元の人々が掘り出したといわれます。いまは湯が涸れて入浴はできず、遊歩道から見下ろす史跡になっています。すぐ近くには太閤の滝と呼ばれる小さな滝もあり、宮ノ下から谷へ下りる短い散策で両方を訪ねられます。
【トリビア】
底倉という名は、谷の底から湯が湧き出る土地のようすに由来するとも言われます。この谷に建つ老舗のつたや旅館には、江戸時代の箱根七湯のありさまを描いた案内記『七湯の枝折』が伝えられてきたとされ、当時の湯宿や名所を知る貴重な手がかりになっています。貞享2年(1685年)の記録では、底倉の湯つぼは12か所と、塔之沢と並んで七湯のなかで最も多く数えられていました。
