【概要】
三宅島は、伊豆諸島の中ほどに浮かぶほぼ円い形の火山島で、全島が東京都三宅村にあります。島の中央の雄山は、1940年、1962年、1983年、2000年と、近年はおよそ20年ごとに噴火を繰り返してきました。2000年の噴火では火山ガスのため全島民が島を離れ、避難はおよそ4年半に及びました。溶岩に埋まった集落の跡が、火山とともに生きる島の姿を伝えます。
【歴史】
三宅島の暮らしは、雄山の噴火と隣り合わせでした。2000年の夏に始まった噴火では山頂が大きく陥没し、大量の火山ガスが出続けたため、同じ年の9月に全島民が島の外へ避難しました。避難指示が解除されたのは2005年2月で、島を離れた期間はおよそ4年半に及びました。帰島ののちも、火山ガスの濃度を見守りながら島の暮らしが続けられています。
【特徴】
三宅島はほぼ円い形をした火山島で、島の中央に雄山がそびえます。噴火のたびに山腹の割れ目から溶岩が流れ出し、海岸まで達することもありました。2000年の噴火で山頂が陥没したため、雄山には大きなカルデラが口を開けています。島の周りの海はよく澄み、森にはアカコッコなどの野鳥が多く、バードアイランドと呼ばれることもあります。
【見どころ】
三宅島の西岸、阿古地区には火山体験遊歩道が整えられています。1983年の噴火で流れ下った溶岩が集落を飲み込み、溶岩に埋まった旧阿古小中学校の校舎がいまも残されています。黒い溶岩の原を木道で歩くと、噴火の力の大きさを間近に感じられます。島を一周する道からは、噴火のたびに生まれた火口や溶岩の跡、再び緑を取り戻しつつある森が見られます。
【トリビア】
三宅島の雄山は、1940年、1962年、1983年、2000年と、20世紀の後半にはおよそ20年の間隔で噴火してきました。このため島では、噴火を何度も経験した世代が暮らしています。2000年の噴火のあとは、火山ガスの濃度が高い地区への立ち入りが長く制限されました。島の人々は、火山と付き合う知恵を世代から世代へと受け継いできたのです。
