【概要】
海龍寺は、広島県尾道市の浄土寺のすぐ東、瑠璃山のふもとにある真言宗の寺院で、寛元3年(1245年)に開かれたと伝えられます。もとは浄土寺の曼荼羅堂と呼ばれ、寛文2年(1662年)に現在の名に改められました。境内には文楽ゆかりの墓があり、技芸上達を願う参拝者が訪れる寺として知られ、裏手には鎖岩もあります。
【歴史】
海龍寺は寛元3年(1245年)の創建と伝えられます。西国を巡教していた定證上人が浄土寺の再興にあたってこの寺に留まり、備後の大田荘の荘官であった和泉法眼渕信が上人に寄進したのが始まりとされます。徳治2年(1307年)に浄土寺の塔頭となり、寛文2年(1662年)に海龍寺という現在の名に改められました。
【特徴】
本尊は鎌倉時代に造られた千手観世音菩薩で、広島県の重要文化財に指定されています。鎌倉時代には浄土寺の曼荼羅堂と呼ばれていた真言宗の寺で、尾道七佛めぐりでは技芸上達の祈願所とされています。本尊の手からつながる五色の紐を握って祈ると願いが叶うと伝えられており、静かな境内には手を合わせる人の姿が絶えません。
【見どころ】
境内に残る文楽の墓は、人形浄瑠璃の一座を興した植村文楽軒と、初期の浄瑠璃語りとして知られる竹本弥太夫をまつるもので、芸事の上達を願う人が今も手を合わせに訪れます。手や指を使う文楽にちなみ、お経の塚をなでながら念じると技芸が上達すると伝えられており、境内には文楽にまつわる供養塔もいくつか立てられています。
【トリビア】
海龍寺の裏手には四国の石鎚山を模した鎖岩があり、鎖をつたって岩を登ると瀬戸内海の展望が開けます。七ヶ寺を西から東へたどると最後に訪れる寺にあたり、ここで満願を迎える人も多い場所です。鎖場は足もとが険しいうえ天候にも左右されるため、装備や体調に不安があるときは無理をせず、境内の参拝だけにとどめておくのがよいでしょう。
