日本三大史跡(にほんさんだいしせき)とは、日本の歴史上および学術上、特に価値が高いとされる3つの大規模な遺跡、平城宮跡(奈良)、大宰府跡(福岡)、多賀城跡(宮城)のことです。これらは古代日本の政治・行政・軍事の中心地として重要な役割を果たしました。
A.いずれも古代の政治や軍事の拠点でした。平城宮跡は平城京の中枢で、内裏や大極殿・朝堂院、官庁群が置かれました。大宰府跡は九州の統治と外交・防衛を担った役所の遺跡で、多賀城には陸奥国府と鎮守府が置かれ、東北の政治と軍事の中心となりました。
A.大宰府跡で、7世紀後半から12世紀後半まで九州の統治と外交・防衛を担いました。平城宮跡は和銅3年(710年)の遷都で都の中枢となり、多賀城は724年に大野東人が創建したと多賀城碑に記されています。
A.平城宮跡では1998年に朱雀門と東院庭園、2010年に第一次大極殿が復元され、2022年には大極門も完成しました。多賀城では創建から千三百年にあたる2024年に南門が復元されています。大宰府跡は史跡公園として整備され、整然と並ぶ巨大な礎石から政庁の配置を体感できます。
A.天平2年(730年)に大宰府の長官の大伴旅人が邸宅で開いた梅花の宴の序文が、元号「令和」の典拠となりました。梅花の宴の舞台と伝わる坂本八幡宮は大宰府跡から徒歩圏にあり、ゆかりの梅は今も政庁跡の春を彩ります。
A.三つの史跡は奈良県、福岡県、宮城県にあります。直線距離で平城宮跡と大宰府跡は約500km、平城宮跡と多賀城は約610km、大宰府跡と多賀城は約1080km離れています。都の平城宮跡を挟んで、西の大宰府跡と東の多賀城が大きく隔たって置かれていました。