日本三大お家騒動(にほんさんだいおいえそうどう)は、江戸時代に起こった大名家の内紛の中でも特に有名な3つの事件、「加賀騒動」「伊達騒動」「黒田騒動」を指します。これらは権力争いや藩政改革に伴う対立が原因で、多くの関係者が処罰されるなど大きな悲劇を生みました。歌舞伎や講談の題材としても広く知られています。
A.最も早いのは黒田騒動です。栗山大膳が藩主黒田忠之を幕府へ訴え出たのは寛永9年(1632年)でした。伊達騒動は寛文11年(1671年)の刃傷で知られ、加賀騒動は延享2年(1745年)に前田吉徳が病没したあとに起きた江戸時代中期の騒動です。
A.どちらも藩は取り潰されませんでした。黒田騒動では将軍徳川家光の裁定で忠之は咎めなしとなり所領を安堵され、伊達騒動でも伊達家は綱村が幼少であるとして存続を許されました。一方で栗山大膳は南部家へ預けられ、伊達兵部宗勝は流罪となっています。
A.三つとも芝居の題材として知られます。加賀騒動は人形浄瑠璃や歌舞伎の『加々見山旧錦絵』に、伊達騒動は歌舞伎『伽羅先代萩』になりました。黒田騒動は歌舞伎や講談の演目として盛んに演じられ、森鷗外が歴史小説『栗山大膳』を書き残しています。
A.山本周五郎の小説『樅ノ木は残った』が、藩の取り潰しを防ぐためにあえて汚名を着た人物として描いたからです。原田甲斐は『伽羅先代萩』の悪役仁木弾正のモデルとされ長く逆臣とみなされてきましたが、昭和45年(1970年)の大河ドラマ化で評価が一変しました。
A.近年の研究では、藩財政再建の功労者と評価されています。伝蔵は足軽の家に生まれ、6代藩主の前田吉徳に取り立てられて改革を進めました。騒動の核心となった毒殺未遂事件も、大槻派を一掃するための作り事だったとみる説が有力です。