平山城(ひらやまじろ)とは、平野の中にある山や丘陵を利用して築かれた城のことです。防御機能と城下町の発展という利便性を兼ね備えた形式です。「津山城(岡山県)」「姫路城(兵庫県)」「松山城(愛媛県)」が日本三大平山城とされており、高石垣や壮大な郭(くるわ)の配置など、見応えのある構造が特徴です。
A.姫路城と松山城(伊予)です。姫路城の大天守は国宝に指定され、松山城(伊予)の天守は1854年に再建されたもので、現存12天守の中では最も新しい建物です。津山城は明治6年の廃城令で建物が取り壊され、壮大な石垣が往時の威容を伝えています。
A.姫路城です。1346年に赤松貞範が砦を築いたのが始まりとされ、現在の姿は1609年に池田輝政が大改修して整えたものです。松山城(伊予)は1602年に加藤嘉明が、津山城は1604年に森忠政が築城を始めました。
A.高いところで地上45メートルに達します。本丸・二の丸・三の丸を雛壇のように重ねた縄張りは「一二三段」と呼ばれ、丘の斜面を巧みに使った平山城ならではの工夫として知られます。春には約1000本の桜が石垣を覆うように咲き誇ります。
A.どちらも連立式の天守である点です。姫路城は大天守と3つの小天守を渡櫓でつないだ構えで、松山城(伊予)は三重三階地下一階の天守を小天守や櫓が取り囲む構えです。松山城(伊予)の構えは城郭建築の完成形とも評されます。
A.三つの城は岡山県、兵庫県、愛媛県にあります。直線距離で津山城と姫路城は約70km、津山城と松山城(伊予)は約180km、姫路城と松山城(伊予)は約210km離れています。