【概要】
江戸時代中期、加賀藩前田家で起きたお家騒動。藩主前田吉徳の死後、実権を握った大槻伝蔵と、保守派の重臣前田直躬らの対立が激化。吉徳の側室真如院による藩主重煕への毒殺未遂疑惑が発覚し、大槻伝蔵は失脚・自殺、真如院も幽閉された。悲劇的な結末で知られる。
【事件の概要】
加賀藩前田家(100万石)で起きたお家騒動です。第6代藩主・前田吉徳の死後、側室であった「お貞の方(真如院)」と、その担当医であった「大槻伝蔵」が共謀して、藩の実権を握ろうとしたとされる事件です。大槻伝蔵は低い身分から異例の出世を遂げたため、保守的な門閥派の反感を買い、吉徳の死後に失脚・流罪となり、最後は自害に追い込まれました。
【真相と疑惑】
長らく「女と悪徳坊主(元僧侶の医者)の陰謀」として語られてきましたが、近年の研究では、これは門閥派(譜代の重臣たち)による、改革派(大槻伝蔵ら)への政治的な粛清であったという見方が強まっています。藩主の寵愛を受けた新参者が、既得権益を持つ古参家臣団に潰されたという、組織における権力闘争の典型例とも言えます。
【悲劇の結末】
真如院も子殺しの疑いをかけられて幽閉され、若くして亡くなりました。この騒動により、加賀藩の財政改革は頓挫し、再び保守的な政治に逆戻りしてしまったと言われています。講談や歌舞伎の題材としても有名で、『加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』などの作品に影響を与え、物語としても広く知られるようになりました。
📅 最終更新: 2026/1/27
