【概要】
江戸時代前期、福岡藩黒田家で起きたお家騒動。「栗山大膳事件」とも。藩主黒田忠之の放蕩と側近重用に危機感を抱いた筆頭家老・栗山大膳が、藩主の謀反を幕府に訴え出るという前代未聞の行動に出た。結果、大膳は配流となったが、藩は改易を免れた。忠義の行いとして伝わる。
【事件の概要】
福岡藩黒田家(52万石)で起きたお家騒動です。「栗山大膳事件」とも呼ばれます。第2代藩主・黒田忠之と、筆頭家老・栗山大膳の確執が原因です。忠之は派手好きで側近を重用し、軍備を拡張するなどして幕府から警戒されていました。一方、質実剛健な藩風を守ろうとする大膳はこれを諌め、両者は対立しました。忠之が大膳を殺そうとしたため、大膳は幕府に「藩主・忠之に謀反の疑いあり」と訴え出るという、前代未聞の行動に出ました。
【忠臣か逆臣か】
家老が主君を訴えるというのは通常あり得ないこと(逆臣の極み)ですが、これは藩主の乱行を諌め、改易(取り潰し)を防ぐための決死の芝居(狂言)だったと言われています。もし幕府の隠密に謀反が見つかれば即改易ですが、家臣が訴え出ることで「家臣間の争い」という形に持ち込み、藩を守ろうとしたのです。
【後世の評価】
幕府の裁定の結果、忠之はお咎めなし、大膳は盛岡藩へ配流となりましたが、これによって黒田家は守られました。大膳は流刑地でも武士の鑑として尊敬を集め、忠之も後に名君へと成長したと伝えられます。この騒動は、主君と家臣のあり方、そして家を守ることの難しさを問いかける物語として、講談などで語り継がれています。
📅 最終更新: 2026/1/27

