信長塀(熱田神宮)

(のぶながべい)
📍 愛知県 名古屋市🏯 歴史🎭 文化⛰️ 名所

【概要】

熱田神宮境内にある、織田信長が桶狭間の戦いの戦勝御礼として奉納した築地塀です。土と石灰を油で練り固めた非常に強固な造り(版築)で、屋根には瓦が積層されています。「日本一堅固な塀」とも称されました。

【歴史】

信長塀(熱田神宮)は、永禄3年(1560年)に織田信長が奉納したと伝わる築地塀です。桶狭間の戦いに出陣する際、信長は熱田神宮に願文を奏して必勝を祈願し、今川義元を討ち取る大勝利を収めました。その御礼として寄進されたのがこの塀で、往時は約400メートルにも及んだとされ、現在は本宮の周辺に約120メートルほどが残されています。

【特徴】

信長塀は、土と石灰を油で練り固めたものに瓦を厚く積み重ねる「練塀」の古式にならった工法で築かれています。泥土を突き固めただけの一般的な築地塀と異なり、瓦を挟み込んで層状に固めた構造は極めて頑丈で、戦国期の武器では容易に破れない鉄壁の守りだったと伝わります。屋根には瓦が葺かれ、兵庫県の大練塀、京都府の太閤塀と並び日本三大土塀に数えられます。

【見どころ】

熱田神宮の境内で信長塀を見るなら、本宮に近い、かつて海上門が建っていた場所の脇に残る一画が目安です。苔むした瓦と褐色の土肌が幾重にも重なる断面は、460年以上の風雪を耐えてきた重みを感じさせます。塀に沿って歩けば、桶狭間へ向かった信長の心境に思いを馳せることができ、勝負運にあやかろうと足を運ぶ参拝者も少なくありません。

【トリビア】

信長塀は昭和20年(1945年)の空襲で焼失した旧国宝の海上門の脇を固めていた塀で、今も門の礎石だけが近くに残っています。塀に使われた瓦は本宮の北の地に窯を築いて焼いたと伝わります。また、京都府の石清水八幡宮にも信長が寄進した同名の「信長塀」があり、熱田神宮のものとともに、信長の神仏への篤い崇敬を今に伝える遺構として知られています。

📅 最終更新: 2026/9/6
信長塀(熱田神宮)
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です