奈良の東大寺盧舎那仏、鎌倉の高徳院阿弥陀如来、そして富山県高岡市の高岡大仏を日本三大仏と呼びます。奈良と鎌倉の二尊は古くから揺るぎない存在ですが、三番目については兵庫大仏が戦時中に供出されて以降、高岡大仏・岐阜大仏・東京大仏などいくつかの説があり、鋳物の町の技術が生んだ高岡大仏を挙げるのが一般的です。時代も姿も異なる三尊の大仏を巡れば、日本人が仏に託してきた祈りの歴史をたどることができます。
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A.三番目には諸説があり、そのなかで高岡大仏を挙げるのが一般的です。兵庫大仏が戦時中に供出されて以降、高岡大仏や岐阜大仏などいくつかの説が生まれました。東京大仏を挙げる説もあり、高岡市は「日本一の美男」と呼ばれる大仏の姿を町おこしに生かして三大仏の座をアピールしてきました。
A.最も古いのは奈良の大仏(東大寺)で、752年に開眼供養が行われました。鎌倉大仏は1252年から鋳造が始まったと記され、高岡大仏は1907年に着工して1933年に開眼しました。ただし奈良の大仏の現在の頭部は、二度の焼失を経て江戸時代の1690年ごろに鋳直されたものです。
A.奈良の大仏は盧舎那仏、鎌倉大仏と高岡大仏はどちらも阿弥陀如来です。盧舎那仏は宇宙そのものを体現する仏とされます。与謝野晶子は鎌倉大仏を「釈迦牟尼」と詠みましたが、実際には阿弥陀如来であり、仏の種類を取り違えていたという逸話が知られています。
A.大仏殿が津波で流されたためです。鎌倉大仏は当初は大仏殿に納められていましたが、室町時代の1498年に明応地震の津波で堂が流失し、それ以降は露座のまま今日に至ります。境内には大仏殿の礎石が今も残っています。
A.三尊は奈良県・神奈川県・富山県に分かれており、互いに遠く離れています。直線距離で奈良の大仏と鎌倉大仏は約340km、奈良の大仏と高岡大仏は約250km、鎌倉大仏と高岡大仏は約280km離れているため、それぞれを別の旅の目的地として計画するのが現実的です。