日本三大楼門(にほんさんだいろうもん)とは、日本を代表する美しく壮大な3つの神社楼門のことです。阿蘇神社(熊本県)、鹿島神宮(茨城県)、筥崎宮(福岡県)の楼門が数えられ、いずれも重要文化財に指定されている歴史的建築物です。
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A.筥崎宮の楼門です。文禄3年に名島城主の小早川隆景が建立しました。鹿島神宮の楼門は寛永11年に徳川頼房が奉納したもので、阿蘇神社の楼門は天保6年から嘉永3年にかけて進められた社殿再建の一環として建てられました。
A.三つとも国の重要文化財に指定されており、いずれも三間一戸の構えを持つ楼門です。鹿島神宮の楼門と筥崎宮の楼門は入母屋造で、阿蘇神社の楼門は仏教寺院の山門を思わせる二層の構えから「二層楼山門式」と呼ばれてきました。
A.2016年の熊本地震で全壊しましたが、2023年12月に復旧工事が完了して往時の姿を取り戻しました。倒れた部材を一本ずつ確かめて可能な限り再び用いる方針で進められ、復旧には七年八か月の歳月を要しています。
A.掲げられた「敵国降伏」の扁額に由来する名です。この額は文永の役ののち社殿の再建に尽くした亀山上皇の宸筆を写し、拡大したものと伝わります。武力で屈服させるのではなく、徳をもって相手を従わせるという意味に解されてきました。
A.熊本県、茨城県、福岡県の3県にあります。九州の阿蘇神社の楼門と筥崎宮の楼門は直線距離で約100kmと近い一方、鹿島神宮の楼門からは阿蘇神社の楼門まで約940km、筥崎宮の楼門まで約970km離れています。