【概要】
文禄3年(1594年)に小早川隆景によって建立されました。「敵国降伏」の扁額が掲げられていることで有名で、その文字から伏敵門とも呼ばれます。豪壮な造りは桃山時代の建築様式を今に伝えています。
【歴史】
福岡県福岡市にある筥崎宮の楼門は、文禄3年に名島城主の小早川隆景が建立したものである。三間一戸、入母屋造の檜皮葺で、県内で重要文化財に指定された楼門はこの一基だけとされる。桃山初期の建築でありながら、広く伸びやかな屋根や扉に彫られた桐花紋には室町末期の様式が色濃く残り、筥崎宮の楼門は時代の変わり目を映す建物としてきわめて貴重であり、隆景の造営を今日に伝えている。
【特徴】
この門は「伏敵門」という異名を持っている。掲げられた「敵国降伏」の扁額に由来する名で、文永の役ののち社殿の再建に尽くした亀山上皇の宸筆を写し、拡大したものと伝わる。武力で屈服させるのではなく、徳をもって相手を従わせるという意味に解されてきた。現在の額は平成15年に復原されたもので、参道の先からでも文字がはっきりと読み取れるほど大きく掲げられている。
【見どころ】
筥崎宮は宇佐、石清水と並ぶ日本三大八幡宮の一つで、参道は海へ向かってまっすぐに延び、その先の箱崎浜まで続いている。楼門の手前には、触れると運が湧き出るとされる湧出石が静かに据えられており、多くの人が手を伸ばしていく。勝運の神として知られ、地元の球団や力士が必勝祈願に訪れることでも名高い。豊臣秀吉が九州平定の折にこの地へ陣を置き、茶会を催したとも伝わっている。
【トリビア】
毎年9月12日から18日まで営まれる放生会は、博多どんたく、博多祇園山笠と並ぶ博多三大祭りの一つである。万物の命を慈しみ、秋の実りに感謝する神事で、期間中は参道一帯に500軒ほどの露店が並ぶ。回廊には縁起物の筥崎宮おはじきや放生会ちゃんぽんが飾られ、ぼんぼりの灯りに浮かび上がる楼門が、博多に秋の訪れを告げる。人出は毎年百万人を超えるといわれている。




