天下三名槍

天下三名槍

天下三名槍は、戦国から江戸にかけて名を馳せた三本の槍、日本号・御手杵・蜻蛉切をまとめた呼び名です。日本号は黒田節に謡われ、いまは福岡市博物館が所蔵しています。御手杵は結城家に伝わった巨大な槍でしたが1945年の東京の空襲で焼失し、茨城県結城市などで複製を見ることができます。蜻蛉切は徳川四天王の本多忠勝が愛用した槍で、個人の所蔵とされます。呼び名がいつ定まったかははっきりしません。

日本名数>天下三名槍
御手杵
🏯 歴史🎭 文化
📍 茨城県 結城市

御手杵

(おてぎね)

御手杵は、下総の大名だった結城家17代当主の結城晴朝が作らせた巨大な槍です。鞘が穀物をつく手杵の形をしていたことが名の由来とされます。晴朝の養子となった徳川家康の次男・結城秀康に受け継がれ、その子孫の松平家に伝わりましたが、1945年の東京の空襲で焼失し、現物は残っていません。いまは茨城県結城市などで複製を見ることができます。

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蜻蛉切
🏯 歴史🎭 文化
📍 愛知県 岡崎市

蜻蛉切

(とんぼきり)

蜻蛉切は、徳川四天王のひとり本多忠勝が愛用した笹穂の槍です。穂先に止まった蜻蛉が触れただけで二つに切れたという伝説が名の由来とされます。作者は村正の一門の正真とされ、現在は個人の所蔵と伝えられます。ゆかりの地は忠勝が生まれた愛知県岡崎市で、岡崎公園の龍城神社には徳川家康とともに忠勝が祀られています。

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日本号
🏯 歴史🎭 文化
📍 福岡県 福岡市早良区

日本号

(にほんごう)

日本号は、福岡県福岡市早良区にある福岡市博物館が所蔵する大身の槍です。皇室から足利義昭、織田信長、豊臣秀吉、福島正則へと渡り、黒田家の家臣・母里友信が酒の飲み比べで福島正則から譲り受けた逸話が民謡の黒田節に謡われました。正三位の位を授かった槍とも伝えられ、天下三名槍のなかで現存し、公の施設が持つ一本です。

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❓ 天下三名槍のよくある質問

Q.天下三名槍のうち、現物が残っているのはどれですか?

A.日本号は福岡市博物館が所蔵し、蜻蛉切は個人の所蔵とされて展覧会で公開されることがあります。一方、御手杵は結城秀康の子孫の松平家に伝わり、明治以降も東京に保管されていましたが、1945年の東京の空襲で蔵とともに焼失し、現物は残っていません。

Q.天下三名槍はそれぞれ誰が持っていた槍ですか?

A.日本号は正親町天皇から足利義昭に下賜され、織田信長、豊臣秀吉、福島正則を経て、黒田家の家臣・母里友信が酒の飲み比べで譲り受けたと伝わります。御手杵は結城晴朝が作らせたと伝わり、養子の結城秀康に受け継がれました。蜻蛉切は徳川四天王のひとり本多忠勝が愛用した槍です。

Q.天下三名槍の名前の由来は何ですか?

A.蜻蛉切は穂先に止まった蜻蛉が触れただけで二つに切れたという伝説、御手杵は鞘が穀物をつく手杵の形をしていたことが名の由来とされます。日本号は、槍でありながら正三位の位を授かったという伝承に名が由来するといわれます。いずれも槍の姿や逸話にちなんだ呼び名です。

Q.天下三名槍の形や大きさにはどんな違いがありますか?

A.日本号は全長が3メートルを超える大身槍で、穂には剣に巻きつく倶利伽羅龍の彫刻が施されています。御手杵は穂先だけで1メートルを優に超える長さがあったと伝わる大身槍で、穂の断面は突くことに特化した三角形でした。蜻蛉切は笹の葉のように幅の広い穂をもつ大笹穂槍に分類されます。

Q.天下三名槍ゆかりの地はどこにありますか?

A.日本号は福岡県福岡市早良区にある福岡市博物館が所蔵しています。御手杵は茨城県結城市の結城蔵美館や休憩所ふじの蔵で複製を見ることができます。蜻蛉切そのものは個人の所蔵ですが、本多忠勝が生まれた愛知県岡崎市の岡崎公園にある龍城神社には、徳川家康とともに忠勝が祀られています。

📍 所在地マップ

広島県新潟県静岡県長野県福島県兵庫県231日本号御手杵蜻蛉切200 km地図データ: Natural Earth
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