蜻蛉切

(とんぼきり)
📍 中部愛知県 岡崎市🏯 歴史🎭 文化

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【概要】

蜻蛉切は、徳川四天王のひとり本多忠勝が愛用した笹穂の槍です。穂先に止まった蜻蛉が触れただけで二つに切れたという伝説が名の由来とされます。作者は村正の一門の正真とされ、現在は個人の所蔵と伝えられます。ゆかりの地は忠勝が生まれた愛知県岡崎市で、岡崎公園の龍城神社には徳川家康とともに忠勝が祀られています。

【歴史】

蜻蛉切は、1548年に三河国で生まれた本多忠勝が生涯を通じて戦場で振るったと伝わる槍です。忠勝は少年のころから徳川家康に仕え、生涯に数多くの合戦に臨みながら傷ひとつ負わなかったといわれます。穂先に止まった蜻蛉が刃に触れただけで真っ二つになったという言い伝えから蜻蛉切の名が付き、忠勝の武勇を象徴する槍として語り継がれてきました。

【特徴】

蜻蛉切は、笹の葉のように幅の広い穂をもつ大笹穂槍に分類されます。作者は伊勢の村正の一門に連なる正真とされますが、三河文殊派の刀工と同じ人物ではないかという説もあります。柄は非常に長かったと伝えられ、年を重ねて力の衰えを感じた忠勝が柄を切り詰めたという逸話も残ります。いまは個人の所蔵とされ、展覧会で公開されることがあります。

【見どころ】

愛知県岡崎市にある岡崎公園は岡崎城の跡で、本多忠勝が生涯仕えた徳川家康の生誕の地です。園内の龍城神社は、岡崎城にあった東照宮と忠勝を祀る映世神社が合わさった社で、家康と忠勝の二柱を祭神としています。蜻蛉切そのものはここにはありませんが、復元された天守を背に境内を歩くと、主君とともに祀られた忠勝と三河武士の気風を身近に感じられます。

【トリビア】

本多忠勝の勇猛さは敵方にも知られ、家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八と狂歌に詠まれたといわれます。蜻蛉切は後世の刀工にも憧れの的で、江戸時代の刀工・固山宗次が手がけた写しが東京国立博物館に伝わっています。愛媛県美術館で開かれた名刀の展覧会では、刀剣の美術館として知られる佐野美術館の協力を得て、蜻蛉切が公開されたこともあります。

📅 最終更新: 2026/10/25
蜻蛉切
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です