天下五剣

天下五剣

天下五剣は、数ある日本刀のなかでも特に名高い五振りの太刀、童子切安綱・三日月宗近・鬼丸国綱・大典太光世・数珠丸恒次をまとめた呼び名です。選ばれた時期ははっきりしませんが、室町時代ごろからこう呼ばれるようになったとされます。いずれも平安時代から鎌倉時代に打たれ、童子切・三日月・大典太の三振りは国宝、数珠丸は重要文化財、鬼丸は皇室の御物として、東京国立博物館や前田育徳会、尼崎の本興寺などに伝わっています。

日本名数>天下五剣
童子切安綱
🏯 歴史🎭 文化
📍 東京都 台東区

童子切安綱

(どうじぎりやすつな)

童子切安綱は、平安時代に伯耆国の刀工安綱が打った太刀で、天下五剣のなかでも筆頭格に挙げられる名刀です。源頼光がこの刀で大江山の鬼、酒呑童子の首を斬ったと伝わり、その名が付きました。足利将軍家や豊臣秀吉、徳川家を経て越前松平家に伝わったとされ、いまは国宝として東京都台東区にある東京国立博物館に所蔵されています。

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三日月宗近
🏯 歴史🎭 文化
📍 東京都 台東区

三日月宗近

(みかづきむねちか)

三日月宗近は、平安時代に京の三条に住んだ刀工、三条宗近の作と伝わる太刀です。刃文のなかに三日月の形をした模様がいくつも浮かぶことから、この名で呼ばれてきました。豊臣秀吉の正室である高台院の遺品として徳川秀忠に贈られ、徳川将軍家に伝わったとされます。1951年に国宝に指定され、いまは東京都台東区にある東京国立博物館に所蔵されています。

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鬼丸国綱
🏯 歴史🎭 文化
📍 東京都 千代田区

鬼丸国綱

(おにまるくにつな)

鬼丸国綱は、鎌倉時代に京の粟田口派の刀工国綱が打った太刀です。鎌倉幕府の執権北条時頼を夢で苦しめた小鬼を、この刀がひとりでに倒れて退けたと伝わり、鬼丸の名が付きました。北条氏から新田義貞、足利将軍家、豊臣秀吉、徳川家へと渡ったのち皇室の御物となり、いまは東京都千代田区の皇居にある宮内庁が大切に管理しています。

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大典太光世
🏯 歴史🎭 文化
📍 東京都 目黒区

大典太光世

(おおでんたみつよ)

大典太光世は、平安時代に筑後国三池の刀工光世が打った太刀です。足利将軍家の重宝として伝わり、十五代将軍の足利義昭から豊臣秀吉へ、さらに前田利家へ渡ったとされます。加賀藩前田家の家宝として大切にされ、いまは国宝として、東京都目黒区の駒場に本拠を置く公益財団法人前田育徳会が所蔵し、大切に守り伝えています。

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数珠丸恒次
🏯 歴史🎭 文化
📍 兵庫県 尼崎市

数珠丸恒次

(じゅずまるつねつぐ)

数珠丸恒次は、鎌倉時代に備中国の青江派の刀工恒次が打った太刀です。日蓮聖人が身延山に入る際に信者から贈られ、柄に数珠を掛けて破邪顕正の守り刀にしたと伝わり、数珠丸と呼ばれるようになりました。いまは重要文化財として、兵庫県尼崎市にある法華宗本門流の大本山、本興寺に所蔵され、寺宝として大切に守られています。

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❓ 天下五剣のよくある質問

Q.天下五剣はいつの時代の刀で、いつ頃からそう呼ばれているのですか?

A.天下五剣はいずれも平安時代から鎌倉時代に打たれた太刀で、室町時代ごろからこう呼ばれるようになったとされます。童子切安綱と大典太光世は平安時代の刀工の作、三日月宗近は平安時代の三条宗近の作と伝わり、鬼丸国綱と数珠丸恒次は鎌倉時代に打たれました。選ばれた時期ははっきりしていません。

Q.天下五剣のうち国宝に指定されているのはどれですか?

A.童子切安綱・三日月宗近・大典太光世の三振りが国宝で、数珠丸恒次は重要文化財です。鬼丸国綱は皇室の御物で、御物は文化財保護法の指定の対象にならないため国宝や重要文化財には指定されていませんが、その評価は国宝の名刀と並ぶものとされています。

Q.天下五剣はそれぞれどこに所蔵されていますか?

A.童子切安綱と三日月宗近は東京都台東区の東京国立博物館、大典太光世は東京都目黒区の駒場に本拠を置く前田育徳会が所蔵しています。鬼丸国綱は皇室の御物として宮内庁が管理し、数珠丸恒次は兵庫県尼崎市の本興寺に寺宝として伝わります。いずれも常に公開されているわけではなく、展示の機会は限られています。

Q.天下五剣の名前の由来にはどんな言い伝えがありますか?

A.童子切安綱は源頼光が酒呑童子の首を斬ったこと、鬼丸国綱は北条時頼を夢で苦しめた小鬼を退けたことに由来すると伝わります。三日月宗近は刃文に三日月の形の模様が浮かぶこと、数珠丸恒次は日蓮聖人が柄に数珠を掛けたという言い伝えが名の由来です。大典太光世の大の字は、迫力ある姿にちなむとされます。

Q.天下五剣はどのような人々の手を渡ってきたのですか?

A.足利将軍家や豊臣秀吉、徳川家など、時の権力者の手を渡ったと伝わる刀が多くあります。童子切安綱は足利将軍家から豊臣秀吉、徳川家康を経て越前松平家へ、大典太光世は足利義昭から豊臣秀吉、前田利家へ渡ったとされます。鬼丸国綱は北条氏から新田義貞、足利将軍家などを経て皇室の御物となりました。

📍 所在地マップ

愛知県岐阜県京都府群馬県三重県山梨県滋賀県静岡県石川県大阪府長野県栃木県奈良県富山県和歌山県12345鬼丸国綱大典太光世数珠丸恒次50 km地図データ: Natural Earth
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