霧島六社権現は、霧島山をとりまくように鎮座する六つの社の総称です。平安時代中期に修験の僧である性空上人が霧島山にこもり、山の四方に社を定めて中央の社と合わせ六社権現と称したとされます。いずれも天孫降臨の神話と結びつき、霧島山の噴火による社殿の焼失と再建を繰り返してきました。明治の神仏分離で別当寺は失われ、夷守神社は霧島岑神社に合祀されたため、いまたどれるのは五社となっています。
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A.平安時代中期に、修験の僧である性空上人が定めたとされます。性空上人は霧島山にこもり、山の四方に社を定めて中央の社と合わせ六社権現と称しました。六社はいずれも天孫降臨の神話と結びつき、霧島山の噴火による社殿の焼失と再建を繰り返してきました。
A.いまたどれるのは五社です。夷守神社が明治6年(1873年)に霧島岑神社へ合祀され、単独の社としては現存しないためです。夷守神社の跡地は霧島岑神社の鎮座地になっており、参道の入口に立つ石造の仁王像がかつての姿を伝えています。
A.霧島神宮は瓊瓊杵尊、東霧島神社は伊弉諾尊、狭野神社は神武天皇を主祭神とし、霧島東神社は伊邪那岐命と伊邪那美命を祀ります。霧島岑神社と夷守神社は、瓊瓊杵命と木花咲耶姫命をはじめとする日向三代とその后神を祀っています。
A.霧島神宮の社殿が、令和4年(2022年)に国宝へ指定されています。正徳5年(1715年)に薩摩藩主の島津吉貴が奉納した朱塗りの権現造の社殿で、鹿児島県で建造物が国宝となった最初の例です。
A.六社は霧島山をとりまくように、鹿児島県と宮崎県にまたがって鎮座しています。霧島神宮は鹿児島県霧島市、ほかの社は宮崎県の都城市・小林市・高原町にあります。直線距離で狭野神社と霧島東神社は約2km、霧島神宮と東霧島神社は約18km離れています。