【概要】
東霧島神社は、宮崎県都城市にある伊弉諾尊を祀る古社で、社名はつまきりしまじんじゃと読みます。孝昭天皇の御代の創建と伝えられ、霧島山の噴火で荒れたのち、応和3年(963年)に性空上人が社殿を再興したとされます。鬼が一夜で積んだと伝わる鬼磐階段や、十握の剣で三つに切られたという神石、樹齢千年を超えるとされる大クスが残り、霧島六社権現をめぐる人が必ず立ち寄る社となっています。
【歴史】
東霧島神社は第五代孝昭天皇の御代に創建されたと伝えられる古社です。霧島山の噴火によって社殿は焼失し、溶岩や火山灰に埋もれて長く荒廃していましたが、応和3年(963年)に天台宗の僧である性空上人が神殿を再興したとされます。江戸時代には東霧島大権現宮と称され、霧島六社権現の一つとして薩摩の島津家からも篤い崇敬を受けました。
【特徴】
境内でまず目を引くのは、自然石を積み上げた鬼磐階段です。鬼が一夜のうちに九百九十九個の石を積んだという伝説が残り、願いを唱えながら振り返らずに上りきると願いがかなうと伝えられています。段数はおよそ百七十段で、一段ごとに高さも幅もふぞろいなため、上るほどに足もとへ意識が集まっていきます。東霧島神社ではこの石段を、振り向かずの坂とも呼びます。
【見どころ】
拝殿の手前に据えられた神石は、妻を失った伊弉諾尊の涙が固まったものと伝えられ、十握の剣で三つに切り分けられたという断面がいまも残っています。境内には樹齢千年を超えるとされる大クスがそびえ、安産の祈願を受ける木として親しまれてきました。参道の脇には龍王神水が湧き、東霧島神社を訪れる人が水を汲んでいきます。
【トリビア】
東霧島の読みは「つまきりしま」で、霧島山の東のはしにあたる社という意味の「つま」に由来すると伝えられます。神仏習合の時代には勅詔院が別当寺を務め、社は東霧島権現と呼ばれていました。社宝の十握の剣は伊弉諾尊が振るったものとされ、社殿の内に納められています。鬼にまつわる伝説は、近年の鬼を題材にした物語の流行とともに改めて注目されました。




