【概要】
狭野神社は、宮崎県高原町にある神武天皇を主祭神とする古社です。社名は神武天皇の幼名とされる狭野尊にちなみ、高千穂峰の麓の皇子原が生誕の地と伝えられます。参道は直線では日本一長いともいわれ、慶長年間に植えられたと伝わる狭野杉の並木が一キロほど続き、国の天然記念物に指定されています。境内には樹齢四百年を超える御神木の狭野杉もそびえています。
【歴史】
狭野神社は孝昭天皇の御代に、神武天皇が生まれた地に創建されたと伝えられます。社名は神武天皇の幼名である狭野尊に由来し、西へ一キロほど離れた末社の皇子原神社が生誕の地とされています。往古は霧島山の上に鎮座したとも伝わり、噴火による社殿の焼失と遷座を繰り返して、慶長15年(1610年)に現在の場所へ落ち着きました。
【特徴】
狭野神社を語るうえで欠かせないのが参道です。一の鳥居から社殿まで、直線の参道としては日本一長いともいわれる道がまっすぐに延び、両側には狭野杉の並木が続きます。慶長4年(1599年)に島津義弘の命を受けた家老の新納忠元が植えたと伝えられ、樹齢四百年を超える大木となって、国の天然記念物に指定されています。
【見どころ】
杉並木をくぐると木もれ日だけの薄暗さになり、空気がひときわ静かになります。社殿のわきには狭野杉の御神木が立ち、幹まわりの太さに四百年という樹齢の重みが表れています。狭野神社に伝わる狭野神楽は周辺の集落の神舞とあわせて高原の神舞として国の重要無形民俗文化財に指定され、夜を通して舞われる演目が受け継がれています。
【トリビア】
神仏習合の時代には狭野大権現と称し、別当寺の神徳院が社を支えていました。明治の神仏分離を経て、大正4年(1915年)には官幣大社である宮崎神宮の別宮に位置づけられ、昭和51年(1976年)からは神社本庁の別表神社となっています。狭野神社は霧島六社権現のうちで、ただ一社だけ神武天皇を主祭神として祀る社でもあります。




