【概要】
霧島岑神社は、宮崎県小林市にある日向三代の神々を祀る古社で、霧島六社権現の中心として霧島山中央六所権現と称されました。もとは高千穂峰の瀬多尾に鎮座していましたが、噴火による焼失で幾度も社地を遷し、明治6年(1873年)に夷守神社を合祀して、その旧社地である現在地へ移りました。参道の入口に残る石造の仁王像が、その来歴を伝えています。
【歴史】
霧島岑神社の創建は明らかではありませんが、承和4年(837年)に官社に預けられた記録があり、延喜式神名帳にも日向国の式内社として名が挙がる古社です。もとは高千穂峰の瀬多尾に鎮座し、文暦元年(1234年)の噴火で焼失して新瀬戸尾へ、享保元年(1716年)の新燃岳の噴火でも焼失して岡原の仮宮へと、噴火のたびに社地を移してきました。
【特徴】
享保14年(1729年)には夷守岳の中腹にあたる築地に社殿が再建され、明治のはじめまでそこに鎮座していました。しかし人里から遠く参拝も管理も難しかったため、明治6年(1873年)に夷守神社を合祀した上で、その旧社地である現在地へ遷っています。祭神は瓊瓊杵命と木花咲耶姫命をはじめ、日向三代とその后神をそろえて祀っています。
【見どころ】
参道の入口には石造の仁王像が立っています。これは夷守神社がこの地にあった時代に雛守大権現へ奉納されたもので、背に享保6年(1721年)の銘が残り、社地の来歴を静かに物語ります。そこから木々のトンネルのような石段を上ると社殿に至り、本殿の前には雨乞いにまつわる雲龍の御柱が据えられています。境内の背後には夷守岳の姿が広がります。
【トリビア】
霧島岑神社は六社のうちで中央に位置づけられ、別当寺の瀬多尾寺とともに霧島信仰の本宮とみなされてきました。合祀によって夷守神社の祭神も同じ社に鎮まったため、いまは二社分の由緒をあわせて伝えています。小林市の市街から霧島連山を仰ぐ位置にあり、六社をめぐるときは高原町の二社と結んで参拝されることが多い社です。




