【概要】
畝傍山は標高およそ199メートルで、大和三山のうちで最も高くいちばん堂々とした山容を見せます。東の麓には初代神武天皇を祀る橿原神宮が広い森を構え、北東には神武天皇陵が営まれていて、日本の国のはじまりの地として語られてきました。万葉集では瑞山とも詠まれ、三山歌では二つの山に争われる相手役として登場します。
【歴史】
日本書紀には、神武天皇が畝傍山の東南にある橿原の地に宮を開いて即位したと記されており、この山のふもとは日本の国のはじまりの舞台として語り継がれてきました。1863年には山の北東に神武天皇陵が定められて整備され、1890年には京都御所の建物を移して橿原神宮が創建され、以後は参拝者の絶えない地となりました。
【特徴】
畝傍山は奈良県橿原市にある標高およそ199メートルの独立した丘で、瀬戸内火山帯に属する中新世の火山岩が長い年月のあいだに侵食され、硬い部分だけが残った山です。中腹より下は片麻岩からなり、山頂近くのゆるい斜面は黒雲母安山岩でできています。頂上には、かつて山上にあった畝火山口神社の旧社殿跡が今も残されています。
【見どころ】
登山口は東麓の橿原神宮側と西麓の畝火山口神社側の二か所にあり、どちらからも二十分から三十分ほどで頂上に立てます。木々のあいだから北に耳成山、東に天香久山を望み、その手前に藤原京の跡地となる平野が開けます。麓の橿原神宮では、水鳥の集まる深田池をめぐる静かな散策路と、玉砂利の参道の先に構える檜造りの外拝殿が見どころです。
【トリビア】
万葉集では畝傍山を瑞々しい山という意味で瑞山と呼んだ歌があり、三山のなかでもとくに神聖視されていたことがうかがえます。中大兄皇子の三山歌では、香具山と耳成山がこの山をめぐって争ったと詠まれており、三山のうち畝傍山だけが争われる側に置かれているところが、この歌の面白い読みどころになっています。山を人に見立てて恋を語るという発想そのものが、古代の人の遊び心を伝えています。




